「部活の地域移行」は衰退する日本柔道の希望となるか?
「部活の地域移行」が大きな話題になっています。そこでjudo3.0は、2022年6月11日(土)、柔道部の地域移行をテーマとしたシンポジウムを企画しました。
もっとも、「部活の地域移行とは何か、いまいちよく分からない」「judo3.0は部活の地域移行をチャンスだというが、どういうことなのか?」という声を多数いただきました。
そこで、以下、見聞きしてきた情報を整理して、ポイントをお伝えできたらと思います。
その前に注意点ですが、①分かりやすくするため極端に単純化してます。②ここで書いたことが正しいか分かりません。たたき台として参考となったら幸いです。
1. 中学、高校、大学の柔道部の多くはなくなってしまう
戦後、最大270万人もの赤ちゃんが1年で産まれていたといいますが、2020年は84万人になりました。さらに、コロナ禍で若者の活動を制限したことで、一気に十数万人も減る可能性があるそうです。
学校そのものがなくなっていくので、学校の柔道部がなくなることはあっても、増えることはありません。さらに、残っている学校でも教師が多忙で部活ができなくなったそう。
生徒の数が減っているのになぜ教師が多忙になるか。
伝え聞くところによると、例えば、100人の生徒、10人の先生がいる学校で、学校の様々な業務を10人の先生が分担して、部活は4人の先生がみていたところ、生徒が10人、先生も1名になったしまった。しかし、生徒が10分の1になっても、学校の様々な業務は10分の1に減らない。そこで、先生は余力がないので部活はできない、ということのようです。
柔道に限らず、多くの部活に当てはまることですが。これらは少子化による構造的な問題なので、長期的にはどうにもできません。
2. 未来は(全世代に柔道を提供できる)柔道クラブにある
学校そのものが減少、縮小化するので、学校の柔道部での柔道の普及をどんなに頑張っても、大きな効果は見込めない。したがって、希望は柔道クラブにしかありません。所属を問わず、誰でも加入することができるからです。
もっとも、当然ながら少子化の影響は受けるので、小学生だけが加入できる柔道クラブはどんどん減っていきます。
柔道クラブに限らず、スポーツクラブが存続するためにはメンバーを増やしていかないといけません。例えば、総合型地域スポーツクラブは種目を増やすことでメンバーを増やして運営を安定させようという側面を持ちます。
したがって、小学生だけでなく、中学生、高校生、大学生、中高年など、あらゆる世代を取り込んでいくことができる方針をもった柔道クラブが、日本の柔道環境の中心的なプレーヤーとなることができるか否かがキーとなります。
こういった方針を持った柔道クラブが多ければ多いほど柔道は普及するし、少なければ普及しない。もっとも、現在、そのような柔道クラブはとても少ないと思います。何故少ないのでしょうか。
3. 部活制度が柔道クラブの成長を妨げていた
日本の部活は世界で最も素晴らしい教育制度の一つだと思います。しかし、ある条件でよかったことが、条件が変わるとマイナスになる。この素晴らしい制度の影響で日本ではスポーツクラブは育ちませんでした。
何故なら、クラブがせっかく獲得した小学生の会員を中学に奪われていくわけですし、中高生については、国の制度のおかげで無償で柔道を提供する学校柔道部に、有料の民間のクラブは敵いません。
また、競技スポーツの中核は大会の運営にありますが、中学生、高校生が柔道クラブに所属しても、クラブから参加できる大会がほとんどないわけですから、中高生が柔道クラブに所属するメリットがありませんでした。
4. 今の柔道クラブに余力はない
日本は、小学生だけでなく、中高生、大人、中高年など様々な人々が所属できる柔道クラブを、これから増やしていかなければならない、という課題に直面しています。
しかし、いま、地域の柔道クラブの先生に「クラブで中学生、高校生、大学生、大人まで指導できるようになってほしい」といっても、「無茶を言うな」「誰がやるんだ」ということになります。平日日中にお仕事をされながら、手弁当で指導に当たっている多くの地域の柔道クラブにそのような余力はありません。
5. 学校の先生がキーポイント
学校の柔道部はなくなっていくので、地域の柔道クラブの進化を促す必要があるが、地域の柔道クラブには余力はない。このような状況でキーになるのは、学校の先生です。
学校の柔道部がなくなっていくとしても、柔道の指導者として力は失われていません。したがって、学校の先生が地域の柔道クラブづくりに参画できるかが一つのキーポイントとなります。
6. 100年続く柔道クラブ
まとめると、日本は、全地域に、地域の柔道の先生、学校の柔道の先生が協力して、あらゆる世代・あらゆる属性の人々に柔道を提供できるようなクラブを新たに作っていく必要があります。
「新たに」と言っても地域ごとに実情が違います。少年柔道クラブが中核になるクラブもあれば、中高の柔道部の先生が中核となるクラブ、大学柔道部や実業団が中核となるクラブ、地域の柔道協会が中核となるクラブなど、様々なカタチがあると思います。
特に、学校がスポーツを担ってきたこれまでの歴史、そして、道場などの施設の多くが学校内にあることを考慮すると、多くの場合、学校が地域のクラブづくりに積極的に関与しないとうまくいきません。
地域の人々みんなにそれぞれの状況に合わせた柔道を提供できる柔道クラブ、そのようなクラブは地域の人々から必要とされ、年月が経てば経つほど、その地域になくてはならないクラブとして根付いていく。学校の柔道部は毎年生徒が卒業していくので部員が大幅に増えることはありませんが、会員の卒業がないクラブは違います。次第にメンバーが増えていきます。
荒唐無稽の話に聞こえるかもしれませんが、Jリーグは1990年代から「Jリーグ100年構想」を掲げて、地域に根ざしたクラブを日本各地につくるよう取り組んできました。
7. 「部活の地域移行」は柔道クラブを育てる構造改革
さて、これから日本の柔道環境がどのように変わったらいいのか、明らかになったと思います。様々な世代に柔道を提供できる、地域に根差した柔道クラブを日本の全地域に増やしていくことが必要です。しかし、先に述べたように、このような柔道クラブは、部活制度によって育ちにくい社会構造になっていました。
こういった社会構造は、通常、なかなか変えられません。しかし、この構造を打破して、クラブを育てていこうという流れを生み出しているのが政府が進めている「部活の地域移行」です。
例えば、2023年から全中にクラブチームが参加できるようになりますが、これによって競技スポーツをしたい中学生がクラブに留まることができるようになりました。昔からこのような要望があったと思いますが、今、ようやく可能になったのです。
さらに、クラブチームを育むためには、中学生の大会だけでなく、高校生の大会、大学生の大会などにもクラブの選手が参加できるよう改革していく必要があります。
8. 「部活の地域移行」は「土日の指導を誰がするか」という問題だけではない
「部活の地域移行」は、表面上、教師が多忙になったので、公立中学校の土日の部活は学校の先生ではなく、地域の誰かにやってもらおう、という話です。
したがって、いま柔道部のない中学校については話題にならず、柔道部のある中学校についても「外部指導員をふやせばいい」となりがちです。
しかし、すでに述べてきたように、そのような理解だけではチャンスが見えてきません。
これまでスポーツの多くを学校の部活が担っていたため、地域のスポーツ環境はあまり注目されてきませんでした。しかし、少子化で学校がスポーツを担えなくなり、ようやく政府が重い腰を上げて、地域のスポーツ環境の改善に取り組み始めた、いまは休日の部活の移行が話題ですが、その先には平日の部活の移行も視野に入っており、財源についても話し合われています。
したがって、いま日本はこの変化を活かせるのか、この流れに合わせて、あらゆる世代に柔道を提供できる、地域に根差した柔道クラブづくりに取り組むことができるのか、選択に直面しているのではないでしょうか。
9. 地域に根差したクラブを増やすのは大変
学校柔道部、柔道クラブどちらも減り続ける中で、「普及」という点で希望があるのは柔道クラブだから、これからの100年に向けて、全世代、どんな属性の人にも柔道を提供できる新しい柔道クラブを全地域に作り上げよう。「部活の地域移行」という国が主導する大きな社会変化がそれを後押ししているうちに。
そんな話をしましたが、想像するだけでも課題山積です。100年続く未来に向けて、人を集め、資金を集め、膨大な労力を注いだとしても、すぐに成果は出ることはなく、長い間、生みの苦しみを味わうだろうし、産めないかもしれない難事業です。
こういったクラブが増えていくためには支援が必要ですが、これは各地で行われている「起業支援」に似ています。人材の募集、経営の仕方などの研究、立ち上げや改善のための資金の提供など、あらゆるノウハウやリソースを提供して支援しますが、支援を受けた全員がうまくいくわけではなりませんが、それを前提として支えていく必要があります。
10. 現時点の日本の柔道普及の計画
現在の柔道登録人口は12万人。コロナ前の1年では5000人強が減少したので、万が一そのペースで進めばあと24年でゼロになってしまいます。
ここでコメントしている、いま日本が最優先で行うことは、「部活の地域移行」という流れを活かして、全地域で、全世代に柔道を提供できる、地域に根付いたクラブづくりではないか、というのは仮説にすぎません。
全日本柔道連盟さまがWEBに公開している「中長期基本計画」の「2.普及」の計画によると、普及の最重要ポイントについて、「中学生、高校生において特に登録者数減少が著しいので、まずはこの年層の登録者減少に歯止めをかけること」として、「「中学校・高校で続けよう・始めよう」運動の全国展開」などの実行計画を立案されています。
〇戦略課題
学校に「柔道部がない」「柔道部があっても指導者がいない」ことを背景に、中学生、高校生において特に登録者数減少が著しいので、まずはこの年層の登録者減少に歯止めをかけることが課題となる。
〇課題解決のための戦略及び実行計画
未就学児・小学生、中学生・高校生、大学生、社会人とそれぞれの年層で普及振興策を展開する。
<未就学児・小学生>
未経験者への導入教育の形式知化
小学生以下を対象とする柔道教室のノウハウ共有
柔道指導と併せて学習指導を実施する柔道学童保育の実施の検討
基本動作 と基本的技能の 体得 を指導方針とする
<中学生・高校生>
「中学校・高校で続けよう・始めよう」運動の全国展開
柔道をトッププライオリティーとしない生徒に目標を与え、稽古のインセンティブとする
目標設定と達成への努力を指導方針とする
出典:公益財団法人全日本柔道連盟 中長期基本計画(2020年度~2028年度)
2020年に立案された、2020年から2028年までの計画ですが、これを読む限り、上記のようなクラブ育成や部活の地域移行についての記載はなく、小学生は少年柔道クラブ、中学生は中学柔道部、高校生は高校柔道部、という既存の枠組みを維持したうえでの計画のように読み取れます。
11.これから
2022年4月27日、スポーツ庁は「運動部活動の地域移行に関する検討会議」で、部活の地域移行(公立中学校の休日の指導を地域に委ねること)を、2023年から2025年の3年間に集中的に実施することを掲げました。
これから2025年までがチャンスだと思いますが、見聞きする限り、現時点では、このチャンスを活かそうという気運はあまり見当たりません。
もっとも、地域の柔道クラブでも、学校でも、様々な人々に柔道を届けることが大事だと考え、既存の枠にとらわれずに活動されている人々が日本各地に多数いらっしゃいます。
今できることは、「いま起きている変化は何か?部活の地域移行とは何か?本当にチャンスなのか?どのようにしたらチャンスを活かせのか?」を問い、同じ課題に取り組んでいる人々とつながり、動きながら考えていくことだと思います。
そのように考え、judo3.0は、多くの関係者の協力を得て、2022年6月11日(土)、柔道部の地域移行をテーマとしたシンポジウムを企画した次第です。
日本の全地域に、幼児から高齢者まで、性別、障害の有無を問わず、あらゆる人々がそれぞれに合った形で柔道に親しむことができるクラブがあり、子供はクラブで出会う多様な大人を通じて世界を知り、大人はクラブのコミュニティで生きがいを得て、中学生や高校生は、これまでの学校の部活の良さを活かした形で学校と連携して柔道ができているような未来。
仔細にみると、そのような環境を半ば実現しているクラブや地域はすでにあります。衆智を集めて未来を少しづつ切り開いていくことができたらうれしいです(文責:3.0マガジン編集部・酒井)。
参考資料
動画「中高の柔道部が大きく減少。これからどうする?」有山篤利氏(追手門学院大学教授)