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タイ初の女子代表リサ選手が東京2020に挑む理由 -柔道家&研究者のロールモデルとして-

2021年7月25日(日)、東京オリンピック女子52キロ級に、タイの女子柔道の代表選手として深見利佐子選手(タイ名はウォラシーハ・ガチャコーン選手)が出場されます。

海外メディアから”Risa”の愛称でよばれる深見利佐子選手(以下「リサ選手」)は、父がタイ人、母が日本人で、タイで生まれ、長崎県佐世保市で育ち、筑波大学に進学、現在は、柔道選手として活動するほか、筑波大学大学院博士課程で文化財の保存法を研究されており、柔道家兼研究者として異色のキャリアを歩まれています。

そこで、3.0マガジン編集部は、リサ選手の柔道選手としての活動、そして研究者としての活動についてお伺いしました。

目次
  1. 柔道選手として
  2. 研究者として
  3. 柔道選手&研究者として

1.柔道選手として

〇幼少期はどちらで過ごしたのでしょうか。

タイで生まれたのですが、私が1歳ぐらいのとき家族が長崎県佐世保市に引っ越してきました。私が当時アレルギー体質でタイの環境に合わなかったようで、家族は日本に行くことを決めたようです。

〇柔道はいつから始められたのでしょうか。

おとなしい性格で、柔道をやりそうな感じの子ではなかったのですが、父が昔ムエタイや柔道をした経験があって格闘技が好きだったので、娘に武道をさせたいということで、小学校に入る前から佐世保柔道協会で柔道を始めました。

柔道を始めた次の年にオリンピックがあり、小柄な谷亮子選手をメダルを取って活躍している様子を見て、当時、私も小さくてガリガリだったので、あのような選手になりたいと思いました。柔道をはじめてからは、性格が変化したというか、元気で活発な子供になっていったようです。

〇中学校や高校ではいかがですか。

中学校は部活がなかったので佐世保柔道協会で柔道をしていました。全国大会には出場できず、私は三姉妹の長女で3人とも柔道をしているのですが、妹にも負けていて、当時、私をみていた父は三姉妹の中で一番成績を出せないだろうと思っていたようです。

高校の柔道部は、私が入部したとき、部員は私を入れて5人でした。加圧トレーニングなどして、フィジカルな強さも加わって試合に勝てるようになり、インターハイに出場できるようになりました。

〇オリンピックに出場しようと考えたきっかけを教えてください。

父は小さいころから「オリンピックに出てほしい」とよく言っていて、私はタイの国籍を持っていたので、高校生のとき、タイの代表としてであればオリンピックに出場できるかもしれないと思うようになりました。

そこで大学で柔道を続けようと思い、ただ、私のような実力の生徒が、日本の代表選手がいる筑波大学柔道部に入部していいのか迷ったのですが、とにかく4年間頑張っていこうと思い、筑波大学に進学して柔道部に入部しました。

〇大学の柔道部ではいかがでしたか。

最初はとにかく練習に頑張ってついていくという感じでした。全国大会の表彰台に上がるような選手が同期や先輩にたくさんいて、それと比べるとたいした成績もなかったので、当初は、タイの代表になってオリンピックを目指しているということは周りに言えませんでした。

大学2年生のころから、タイの代表選手になるためにタイの国内大会に出場するようになり、代表選手になって国際大会に出場するようになりました。

〇国際柔道連盟の記録をみると、2015年2回、2016年2回、2017年1回、2018年3回、2019年8回、2020年2回、2021年2回、国際大会に出場されています。約6年の間、20もの国際大会は出場されています。国際大会はいかがだったのでしょうか。

最初はなかなか勝つことができませんでした。出場している選手は自分よりランキングが上で、柔道もすごく上手い選手が多いので、1回戦で勝ったときはうれしかったし、負けたときも悔しいですが、相手に対して自分の柔道をどのぐらいできたかを考えながらやっていました。

次第に、海外の選手との戦い方やどのようにしたら自分の柔道で勝つことができるのかがなんとなく分かってきて、2018年のアジア大会では、身体の調子がよかったこともあって、3位になり、はじめて国際大会でメダルを取ることができました。

〇2019年は8回も国際大会に出場されています。

2018年のアジア大会で3位になったことで、ランキングが190番から40番台に一気に上がり、東京オリンピックにコンチネンタル枠で出場する可能性が見えてきました。

そこで、2019年は、東京オリンピックに向けて、大きい国際大会だけでなく、小さい国際大会にも出場することにしました。月に2回も国際大会に出場したこともありました。

〇2020年、コロナ禍で東京オリンピックが延期になりました。

大学も利用できなくなり、半年ぐらいの間、道場での練習ができなかったので、1人で走ったり、家の中でできるトレーニングをしたりして体力面が落ちないように努力してきました。

培ってきた試合の感覚を忘れかけたり、練習が思い通りにできなかったり、オリンピックに本当に出場できるのか不安になったりなどいろいろありましたが、いま振り返るとあっという間でした。

〇タイと日本の2か国で活動することで何か葛藤のようなものはあったのでしょうか。

私は日本の代表としてオリンピックに出ることは無理だと思っていましたし、オリンピックに出ることは父の夢で、昔から、大好きな家族のためにタイの代表としてオリンピックに出ようと思っていたので、葛藤のようなものはあまりありませんでした。

ただ、タイに住んでいない私がタイの代表選手になったので、タイの中には快く思わない方がいたと思いますが、アジア大会で入賞してからは応援していただけるようになった感じがしています。

〇日本の代表選手は日本の関係機関から様々なサポートを受けると思いますが、タイの代表選手として日本にいる場合、タイの関係機関からサポートを受けづらい環境にあるのではないかと思いました。

そうですね。ただタイの柔道連盟はできる限りのサポートをしようとしてくださっており、本当にありがたく思っています。

〇国際大会や強化合宿についてはいかがですか。

グランドスラムのような大きい国際大会のときはタイの柔道連盟のコーチが帯同してくださいます。ただ、私は、東京オリンピックに向けて、小さい国際大会にも出場することにしましたが、そのときは、1人で会場に行って出場していました。

また、タイの選手はタイのトレーニングセンターに集まって練習したりすることもあったようですが、コロナ禍で渡航ができないので参加できません。ひたすら1人でできることをやっていました。柔道は相手がいないとできる練習が限られてくるので、相手がいる大切さを改めて実感しました。

〇東京オリンピックへの意気込みを教えてください。

出場選手の多くは、国際大会で対戦したことがあったり、筑波大学で一緒に稽古したことがある選手なので、それぞれがどんな柔道をするのかはだいたい把握しています。 私は出場選手の中ではランキングが下のほうなので、挑戦者という目線で食らいついていけたらと思っています。

そして、これまでやってきた自分の柔道、私は日本の綺麗な一本をとる柔道を目標としてやってきたので、自分の柔道を出せればいいと思っています。

2. 研究者として

〇考古学に関心を持ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

小さいころ、映画「ハムナプトラ 失われた砂漠の都」をみてエジプトのミイラに興味をもつようになり、図書館でミイラやエジプトの本を読んだりしていくうちに、インカ帝国などの他の文明に興味が広がっていきました。

数千年、数万年前にも、私たちと同じような人間がいて、今よりも技術がないにも関わらず、ピラミットなど様々な歴史的な建物を作ったのがすごいと思いました。そして、今の技術ではまだ明らかになっていない部分があって、これからの技術で分かってくる部分があると思うとワクワクするようになりました。

こうして自分の好きなものを全体的にみると「考古学」に当てはまることに気づき、考古学をもっと学びたいと思うようになりました。そこで、大学を選ぶとき、柔道ができるところと考古学を学ぶことができるところを探し、筑波大に進学しました。

〇高校でインターハイに出場されたと伺いましたが、高校のとき、勉強と柔道はどんな感じだったのでしょうか。

高校は県内で進学校と言われる学校で、週末も午前中に授業があったり、試験期間は2週間ぐらい部活ができなかったりと勉強に力を入れていた高校だったので、部活と勉強を同じぐらいやっていました。勉強漬けでもなく、部活漬けでもなく、自分なりにやりくりしてやっていました。

〇「考古学に関心がある」という状態から、どのようにして「研究者になる」というように変わっていたのでしょうか。

大学に進学して考古学を学んでいくうちに、考古遺物の保存という分野に出会いました。世界中にたくさんの考古遺物がありますが、それをどのように保存したらいいかという点は明らかになっていないことが多く、研究も多くない。

自分がこの分野を研究したら、考古遺物の保存に取り組む自治体や国際機関にアドバイスをするなど、研究を通じて社会に貢献できるかもしれない、と思うようになりました。

そして、将来、タイでも日本でも考古遺物の保存に関わって働きたかったので、日本とタイで共通する考古遺物を考えたとき、タイにはスコータイ遺跡とアユタヤ遺跡があり、共通する部分がレンガだったので、レンガの研究を始めました。

大学院の修士課程では国の指定文化財、神奈川県の猿島砲台跡のレンガの性質を研究し、博士過程となった今は、レンガの性質の研究を踏まえたうえで、レンガをどのように保存したらいいのかを研究しています。

自分はどういう研究をしたいのか、社会からどういう研究が必要とされているのかなどがだんだんと分かってきたので、今後、研究を進めて、それをどういう風に社会に還元することができるか、自分でもワクワクしています。

〇今後のキャリアについて教えてください。

研究者として仕事をしていきたいと思っているので、まずは博士論文を提出して大学院を卒業して、考古遺物の保存に関する職場はいろいろあるので自分の研究を活かせるところを探していきます。

将来的には、考古遺物の保存の分野は国によって差が大きく、ヨーロッパや日本のように進んでいるところもあれば、東南アジアのように考古遺物がたくさんあるのに保存法が確立していなかったり、スタッフが足りないところもあるので、そういった国々のお手伝いできるようになったらいいなと思っています。

3. 柔道選手&研究者として

 
 
 
 
 
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〇国を代表する柔道選手として活動することと、研究者として研究を進めること、二つを両立することは大変なことだと思います。一般的に、二つのことをやっていると一つに絞ったほうがいいと言われることもあると思うのですが、この点はいかがでしょうか。

何か一つに絞ってやってきた人はたくさんいると思うのですが、二つを突き詰めた人を少ないと思います。私は、小さいことから、一つだけでなく、二つのことを突き詰めてすごいところまで到達することがかっこいいと思っていて、そういう風になりたいと思っていたので、今に至るという感じです。

〇両立するうえで何かコツはあるのでしょうか。

中学生や高校生になると、勉強と部活の両立しなさいと言われるようになると思いますが、実際は本当に難しいと思います。

私の場合は、きついときはしっかり休む、頑張りすぎない、ということをモットーにやっています。ストイックになりすぎず、しっかり休んでリセットして、また明日から頑張る、ということを続けていけば、自分なりの両立のスタイルが見つかると思います。

〇今回のオリンピックの参加を通じて、タイや日本の皆さんに何か貢献したいと思っていることがありますか。

タイでは柔道はマイナーで、華やかなスポーツという印象もないため、柔道をやりたいという子があまりいません。私はタイの女子柔道選手としてはじめてオリンピックに出場するので、この機会に柔道をする子供が増えてほしいと思っています。

そして、若い世代で柔道を頑張っている選手はいるのですが、海外に挑戦する前に柔道をやめてしまう選手が多いので、この機会をきっかけに、国際大会に出場しようとするタイの若い選手が増えていってほしいと思っています。

また、日本にもタイにも、いま柔道と柔道以外のこと、どちらも頑張っている高校生や大学生がいると思います。続けていったらチャンスがあると思うし、私は、柔道と研究、どちらも続けてきて今があるので、柔道以外のことも頑張っている高校生や大学生のロールモデルになることができたらうれしいです。

〇ありがとうございます。最後に一言お願いいたします。

私は、小さい頃ガリガリで弱かったので、誰も私がオリンピックに出ることができるとは思っていなかったと思います。本当に将来何が起きるか分かりませんが、このチャンスは、柔道やいろんなことを頑張ってきた延長線上にあると思います。

一つでも二つでも、いま頑張っていることを続けていったらチャンスが訪れると思うので、いま頑張っていることがあったら、これからもできる限り、続けていってほしいと思います。

 
 
 
 
 
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参考

編集後記

〇リサ選手が最近好きな映画は「グリーンブック」、最近読んだ面白い本は「「行動経済学」人生相談室」、ハムスターを飼っておりハムスター専用のインスタグラムを開設、得意技は、小学生のころは身体が小さかったので小内巻き込み、中学生から体落とし、高校生から内股や大外刈りとのことでした。リサ選手は、柔道と研究、タイと日本、という4つの領域で活動されており、トップアスリートと研究者の両立の難しさ、そして、タイと日本の二か国間で活動する難しさがあったと思いますが、困難を乗り越え、長い時間をかけてご自身なりのスタイルを築き上げていらっしゃるように思います。インタビューを通じ、柔道と柔道以外の何か、どれも頑張って、そしてうまくいかずに悩んでいる人々に向けて「大丈夫だよ。続けていけばチャンスが待っている。頑張りすぎず、疲れたら休んで、明日からまた頑張っていこう」という温かいエールをいただいたような印象を受けました。リサ選手、ありがとうございました(文責・酒井)。

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