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これからペルーに自分の道場を建てます! -柔道家、浦田太の挑戦ー

こんにちは、編集部の小崎亮輔です!今回は、これから南米・ペルーにて自身の道場を立ち上げるという浦田太先生へインタビューを行った様子をご紹介しようと思います。インタビューを行ったのは8月4日、ペルーに渡る4日前のことでした。なぜ日本ではなく、ペルーに道場を建てようと思ったのか。ペルーにどんな思いがあるのか。といったことを中心に紹介できればと思います!  浦田先生のご参考:青年海外協力隊奮闘記(講道館ホームページ)

小崎:こんにちは、小崎亮輔と申します。今日はよろしくお願いいたします。

浦田:よろしくお願いいたします。

小崎:まず初めに、自己紹介をしていただいてもよろしいでしょうか?

浦田:浦田太と申します。1970年8月13日生まれのもうすぐ47 歳になります。福岡県出身です。柔道は10歳の頃から続けています。福岡県内の高校を卒業して、航空自衛隊に入隊しました。その後は市民プレイヤーとして市民大会や県民大会に出場して修行を続けてきました。

小崎:ありがとうございます。次に、ペルーという国とのご関係についてお聞かせいただいてもよろしいですか?

浦田:はい。ペルーには2011年6月から2013年6月までの2年間、青年海外協力隊の柔道隊員として派遣されていました。ペルーでは北部のピウラという街で指導をしていました。帰国後は自衛隊に復職しましたが、ペルーに道場を建てるために今年の6月末に退職して、今に至ります。現在は出国準備中です。

2017年8月4日、品川のカフェにてお会いできました。

小崎: 6月にご退職ということは、つい最近ですね。浦田先生は、どのような競技生活を送っていたのですか?

浦田:私の出身高校は一応全国的にも強豪で、私もそれなりに上を目指して稽古に励んでいました。同級生では、ライバルの高校にのちに世界チャンピオンになる中村三兄弟の長男、中村佳夫選手もいました。ということで、高校卒業までは海外で柔道をするなんて考えもしませんでした。

ペルーとの出会い

小崎:私も福岡県は柔道大国であるというイメージがあります。では次に、浦田先生はいつ柔道について国際的な視野を持ったのか、またそのきっかけなどについてお尋ねしたいと思います。

浦田:正直な話、青年海外協力隊に応募するまでは海外で柔道をするなんて考えていませんでした。青年海外協力隊に応募したのも、実は指導者としてのスキルを高めたいという思いからだったんです。35歳の時に奈良県の航空自衛隊の幹部候補生に柔道を教える柔道助教という役職に就いたんですが、自分の指導力の乏しさや、柔道の歴史や文化についての知識のなさを痛感したことが何度もありました。それとともに、柔道の偉大さや嘉納治五郎先生の偉大さを感じる場面もたくさんありました。そこで、自分が改めて柔道についてもう一度しっかり学べる場所が欲しいと思っていたんです。柔道の競技者としては中途半端でしたが、指導者としては一流になりたい、その思いは自分の中で強かったんです。

そんな時に、たまたま電車の中吊り広告で見たのが”青年海外協力隊”の広告でした。「2年間柔道指導者の勉強に没頭できる!」と考えた私は海外旅行に一度も行ったこともないのに、受験を決意していました。その後無事合格し、派遣国がペルーに決まったんです。合格が決まって「もう行くしかないっしょ!」ってなったのが、本心です。(笑)

実は自衛隊を退職して協力隊に参加する予定だったのですが、合格後に上司へ退職の相談をしたところ、自衛隊には休職して協力隊に参加できる制度があると知りました。そしてそれを利用して、休職という形でペルーに渡ることとなりました。

ペルーの首都リマは大都会でした。
ペルーの首都リマは大都会でした。

小崎:その経緯にはびっくりです!柔道指導者の勉強がしたい、その一心で海外に行く決意をされたのですね。私もついさっき、中学生の初心者に絞め技のレクチャーをしていたのですが、自分の指導力の無さを痛感したばっかりでした。では次に、ペルーに渡ってからのお話を聞きたいと思います。ペルーはどんな国でしたか?

浦田:講道館と青年海外協力隊の研修を無事修了して、2011年の6月にペルーに渡りました。まず任務地に行く前に1ヶ月間、首都のリマでホームステイして生活する語学研修があったんです。リマに着いての感想は「大都会だ!!!」でした。本当に、東京と比べても遜色ないくらいの都会でした。という感想を現地のスタッフと話していたら「リマをペルーだと思うな!」と言われました。(笑)恥ずかしい話なんですが私、人生初のスターバックスはリマでした。(笑)

1ヶ月のリマでの研修が終わり、任務地のパイタという街に行きました。首都のリマから約1200km離れた街でした。青年海外協力隊柔道隊員のペルー派遣は、実は私が初代だったんです。今は4代目の方がいますね。外務省から畳の寄付があって、指導をスタートすることができました。諸事情があって、パイタで指導を始めて8ヶ月ほど経ったあと、任務地がエクアドルとの国境に近くのピウラという街に移りました。ピウラでは1年と2ヶ月ほど指導したのですが、レスリングクラブの練習場を借りての指導でした。指導した年代は5歳の子どもから、上は一般の年代まで一通り指導していましたが、小・中学生をメインに教えていました。また、柔道指導者の育成にも取り組んでいました。

最初の任務地パイタでの道場、ペルー柔道隊員の初代です。ここから全てが始まりました。
任務地のピウラは砂漠の街でした。
2つめの任務地だったピウラは砂漠の町でした。

小崎:ありがとうございます。ペルーに住んでる方々は、やはり陽気でしたか?

浦田:意外なんですが、ペルー人は陽気っちゃ陽気なんですが、南米の中では控えめな性格の方が多く、静かな人が多かったですね。仲良くなってから陽気さを見せてくれた人が多かったです。また、ペルー人は女性が働き者という文化があるようで、柔道を指導していても女の子の方が真面目に取り組んでいた場面が多かったことが印象に残っていますね。

文化の違いにも苦戦

小崎:それは意外です。なんとなく南米の方はみんな陽気なイメージがありました!では、ペルーに行ってカルチャーショックだったことはなんでしたか?

浦田:道場で平気で唾を吐く人が多いことがショックでした。もちろん、畳には吐かないんですが、日本でいう板の間の場所にみんな唾をペッペ吐くんです。

こういった文化については私も頑張ってやめさせようとしたんですが、結局任期中にはあまり改善しませんでした。大きな心残りの一つなんです。また、日本と大きく違うと感じたことは、子どもたちが日本の学校体育で習うような集団行動ができないことです。「集合!」と言ってもチマチマ、遅く集まってそれだけで時間がかかってしまう。でも、これについては日本的な集団行動を少し教えるだけで大きく改善し、指導の効率も飛躍的に上がりました!

道着のたたみ方もしっかり指導しました。
現地の学校で日本語教育にも取り組みました。

小崎:やはり日本でよく言われる「テキパキ動く」というような文化は意味のあるものなんですね。ではペルーで柔道を指導していて、どのようなやりがいを感じましたか?

浦田:やりがいはたくさんありましたが、やはり子どもたちに教えていて、子どもの目がキラキラすることに大きなやりがいを感じました。例えば、柔道の駆け引き。引き手や釣り手の有効な使い方を教えると、ペルーではそれを教えられる指導者はほとんどいませんから、みんな感動してくれるんです。ペルーでは子どもの頃から巻き込み技や返し技を使う子が多かったんですが、しっかりと組んで綺麗に投げることを入念に教えました。あと、柔道の技術だけではなく、マナーについても入念に指導していたんですが、ある大会に行った時、他の道場の子たちの脱いだ靴が散らかっていたのに対して、私が教えている道場の子どもたちだけは脱いだ靴をきっちり揃えていたんです。これには感動しました。柔道以外にも教えられることはたくさんあると感じた瞬間でした。また、他の道場にもこのようなマナー、モラル教育を推していこうと考えました。こうして2年間の指導生活はあっという間に過ぎて行きました。柔道指導の合間にも、現地の友人とバナナ農園に行ったり、川で遊んだり、プライベートも楽しめました。

     靴が散乱していました。
私が教えている道場の子は靴を揃えていました。これには感動しました。

「海を渡って柔道をしたら世界が変わった。」

小崎:素敵です!浦田先生が思い描いていた通りのペルーの生活ができたということですか?

浦田:思い描いていたというか、実は私、青年海外協力隊に応募した時はペルーを派遣希望に書いていなかったんです。(笑) 第一希望に英語が公用語であるサモアという国を書いて、第二・第三希望は書きませんでした。先に言いましたが、指導者の勉強ができれば良いと思っていただけで、そもそも海外にそんなに興味がなかったんです。行ければどこでも良いかと思っていました。でもペルーに行って、海外で柔道をして、柔道を指導して、それこそ「海を渡って柔道をしたら世界が変わった。」でした。私が小さい頃から頑張ってきた柔道が、地球の裏側でこんなに根付いていた。日本人柔道家であるだけで敬ってくれる。「FUTOSHI!うちの子どもに柔道を教えてやってくれ!」と声をかけてくれる。でも、日本人柔道家であるが故、指導の責任も付いて回ります。正しい柔道を教えなければならない。こんな感じで柔道を通して色んな経験をしたり、様々な思いや考えが巡ったりしながら、ペルーでの2年間で私の世界は激変していったんです。そして2年の任期を全うした時には「ペルーに自分の柔道場を建てる。」と決意していました。自分が指導者として手応えを感じたペルーで、自分ができることや役に立てることはまだまだたくさんあると感じたんです。

  子どもたちの笑顔、目が輝く瞬間が何よりも好きです。
在ペルー日本大使にも稽古を見に来ていただけました。

小崎:ありがとうございます。感動しました。あと、聞きたかったことを言われてしまいました。(笑)では、帰国してから今まで3年間は道場の設立のために活動をしていたんですか?

浦田:はい、自衛隊の柔道助教として復職して指導しながらも、指導者としての勉強を多方面からしました。チャンスさえあれば遠方にも赴き、柔道以外でも幼児体育などの勉強もしました。特に和歌山県の紀柔館では、毎週末に奈良から向かって勉強させていただきました。そのほかにもたくさんの道場にお世話になりました。

「文武一道」型の道場を目指す

小崎:ありがとうございます。では、道場を建てる目処がたったのはいつだったんでしょうか?また、どのような道場を目指されているんですか?

浦田:私が目指している道場は紀柔館のような、柔道以外にも勉強を教えたり、それ以外にも、人間として大切なことを教えられる「文武一道」型の道場を目指します。道場はリマに建てる予定なんですが、私はリマの子どもたちに日本語を教えたいんです。そのために昨年、日本語教師の資格を取りました。これが道場を建てる目処になりましたね。ほかにも読み書き計算、そろばん教育も取り入れたいと思っています。ペルーの子どもたちは日本への関心が結構あって、親御さんたちも日本語を教えて欲しいっていう人が多いんです。ペルーは発展途上な国のため貧富の差が大きく、マナーやモラルも全体的に高くありません。そこで、柔道と一緒にマナー教育などについても取り組みたいんです。柔道はもともと教育体系ですし、「柔道を習ったら良い子になる」というようなイメージを根付かせたいんです。こういったコンテンツは、ペルーで子育てしている人たちにもきっと需要があると思うんです。

大会にて、東日本大震災の写真を展示したりもしました。子どもたちは、日本に興味津々です。

小崎:ありがとうございます。やはり「文武一道」型の道場を目指されるんですね!素敵です!今、道場設立の準備はどの程度できたんですか?

浦田:先日、九州大学様から古くなった柔道畳を115畳いただけたんです。これも本当に、人との縁が縁を呼んで、譲っていただけることとになったんです。本当に感謝しています。新聞にも掲載していただけました。今月8日にペルーに発つんですが、まだ道場の場所が決まってないんです。幸いなことに、現地にも私を支援してくれる方がいるんです。ですので、最初は支援者とともに道場の場所の確保、集客から取り組んでいきたいと思います!これから半年が勝負です!道場が建ったら、ペルーと日本の柔道少年で交流会をひらくのが、直近の夢です!

小崎:物凄い情熱、熱意をかんじます!では最後に、この記事を読んでいる方々にメッセージはありますか?

浦田:ペルーに興味があったり、この私の話を見て興味が湧いたりしたら、ぜひ私に連絡をして欲しいと思います!旅行のついででもいいのでリマに来て子どもたちに柔道を教えてあげてください!ペルー旅行の最初は首都のリマに訪れると思うので、柔道をしてからマチュピチュに行くのがオススメですよ。(笑)

小崎:ありがとうございます!私も是非、近いうちにペルーに行って浦田先生の道場で柔道をしようと思います。では次は約半年後、道場は建ったのか、順調であるのかということで再びインタビューさせていただきたいと思います。浦田先生、今回はお忙しいとろ貴重なお時間、そして素敵な時間をありがとうございました!是非、今後ともよろしくお願いいたします!

浦田:ありがとうございました!

プロフィール: 浦田 太
1970.8.13 福岡県生まれ 10歳の時、福岡市内の花畑柔道クラブで柔道を始め、花畑中学、大牟田高校を卒業後、航空自衛隊に入隊。柔道愛好家として柔道修行及び指導補助をそれぞれの勤務地(宮崎、福岡、鹿児島)で継続後2005年航空自衛隊幹部候補生学校(奈良基地)にて柔道助教として正式に指導者としての道を歩みだす。
指導者として自身のスキルアップ等を望み模索している時期に和歌山県和歌山市の柔道学習塾「紀柔館」と出会い感銘を受け指導者としての修行を積む。
2011年6月〜2013年6月JICA青年海外協力隊にペルー柔道隊員として参加(航空自衛隊休職)
南米ペルー共和国にて文武一道の柔道クラブ開設と海外からの日本柔道界への恩返し、貢献を目指し2017年8月渡秘の予定。(「秘」:ペルーの漢字表記)
講道館柔道5段、全日本柔道連盟公認A指導員

 

インタビュアー: 小崎 亮輔
順天堂大学大学院博士後期課程。同大学柔道部出身。芝浦工業大学、帝京大学、玉川大学非常勤講師。講道館柔道四段。大学までの競技生活で柔道の国際交流ツールとしての可能性に気づき、当団体の活動に参画。
 現在は順天堂大学大学院にて研究活動をしながら上記大学の非常勤講師を務める。専門はスポーツ科学およびヘルスプロモーション、研究領域は柔道および健康行動学や発達心理学など。
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