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柔道から生まれる新しい公教育について(2017年12月)

「新しい公教育を創造する」をミッションとして掲げるjudo3.0ですが、以下、現在(2017年12月)考えている「新しい公教育」について、そして、なぜ柔道が課題解決に有効か、その課題と解決手法についてまとめたものです。

<目次>
新しい公教育とは?
  1. 「動かない」教育から「動く」教育へ
  2. 「同質」の教育から「異質」の教育へ
  3. 「教室」で学ぶ教育から「コミュニティ」で学ぶ教育へ
  4. 機能不全の「古い体育」から機能する「新しい体育」へ
  5. インクルーシブ&生涯学習・生涯スポーツ
  6. 「文武両道」の再構築へ
  7. 柔道クラブが「新しい学校」へ。オンライン教育の導入
  8. より多くの大人が多様なカタチで公教育に参画する
  9. 新しい公教育にむけて
課題と解決手法

新しい公教育とは?

1. 「動かない」教育から「動く」教育へ

「冒険」「武者修行」「留学」など、未知の環境に移動することで人が成長することは良く知られています。ところが、現在の学校教育では、留学制度などの一部のプログラムを除き、残念ながら「冒険」の機会はあまり用意されていません。もっとも近年、IT教育が発達し、教育環境は激変しています。いま最も先進的な教育機関の一つが米国の新設大学、ミネルバ大学ですが、同大学では学生が半年ごとに世界7都市に居住し、現地で体験学習やインターンシップを通じて学んでいきます。これからの子ども達に必要な教育とは、同じ場所で学ぶ「動かない」教育ではなく、世界を巡りながら学ぶ「動く」教育だと私たちは考えています。

では、何を軸にして「動く」のか。大学などの高等教育は専門教育でありインターンシップや研究テーマを軸として世界を巡ることが適当だと思います。それは中学生・高校生の中等教育では何を軸にしたらいいのか。私たちは「運動」や「スポーツ」で異文化の人々と非言語コミュニケーションをすることを軸にすることが適当だと考えています。そのなかでも私たちは柔道に着目しています。なぜなら、柔道は、文化や宗教などの違いを乗り越える強力な非言語コミュニケーションであり、世界200カ国以上にコミュニティがあり、西洋由来のスポーツと異なり、日本から世界に広まったという点で日本の影響力が高いからです。

柔道を始めたら、世界を冒険し、大人になるころには世界中に友達がたくさんいる、そして生き生きと暮らしている。そのような未来をカタチにするため、私たちは、柔道を軸にした「動く」教育、新しい公教育を創造します(EUの学生をEU内で移動させることで優れた人材の育成と国力の増加を目指したEUのエラスムス計画のように、世界中の子供を「柔道界」のなかで移動させていくことで、優れた人材の育成と柔道が優れた教育機関として進化することを目指しています)。

なお「動く」教育に関して、多くの国が自国に留学する海外の学生の数を増やし、いわゆる「教育ハブ」になろうとしています。「教育ハブ」として最も成功しているのはアメリカですが(世界中の優れた学生がアメリカの大学で学ぶことからアメリカの「ソフトパワー」を高めている)、私たちは、日本が世界における中等教育のハブとなる潜在力を有していると考えています。なぜなら世界中に「日本で柔道をしてみたい」という憧れをもっている人が多数いるからです。私たちは、日本及び世界のこれからの発展を考え、世界中の人々が日本で学ぶ教育システムの構築を目指しています。

2. 「同質」の教育から「異質」の教育へ

既存の教育は、同じ地域に住む同じ年齢の子どもと同じ内容を同じスピードで学ぶ、というまさに工場のような教育でした。これはすべての国民に限られたリソースで教育を提供するためにやむを得ないカタチでしたが、昨今のインターネットの出現でこのカタチをとる必然性はなくなりました。先述した米国ミネルバ大学では100か国程度の国から集った人々とともに共同生活をしながら学びますが、学びや成長の原動力となる人の好奇心、情熱、意欲、新しい視点や新しい考え方などは、異なるもの、異なる人との遭遇、体験から育まれます。私たちは、柔道を異質な人々とともに学ぶ手法として再構築し、これからの子供達が様々なバックグラウンドをもった人々とともに学ぶ教育、新しい公教育を創造します。

3. 「教室」で学ぶ教育から「コミュニティ」で学ぶ教育へ

もともと「学び」はコミュニティのなかで自分の居場所をつくって他者を関係を構築することとつながっていました。例えば、子どもが親の家業を手伝うなかで算数を学ぶ、会社で海外転勤になり外国語を学ぶ、親族に介護が必要となったので介護を学ぶなど(詳細はコミュニティに参加する過程に学びがあるという「状況的学習論」を参照)。この文脈において「学ぶ理由」を見失うことはありません。なぜなら他者との貢献や自分との関わりがあるからです。

しかし近代国家を樹立し、すべての国民に一定以上の教育を提供しようとしたとき、こういったコミュニティの文脈を切り離して、教える側が最も効率よく教えることができるよう、知識を標準化、画一化して(国語、理科、数学などの分類も)、同じ年齢の子供に、同じ内容を、同じ順序で教える、いまの教育のかたちとなりました。これは成功して万人が一定以上の知識を得るようになったのですが、学びとコミュニティとの関連が途切れた結果、学ぶ意味を感じにくなりました。子どもがよく質問する「勉強して何になるの。テストでいい点をとってどうするの」という問いは、まさに近代の教育の弊害を象徴するものでした。

ある柔道クラブを訪問したとき、クラブの女の子の英語の成績が急激に伸びた、子どもたちが「テストで満点とったよ」と報告してきてびっくりした、という話を聞きました。きっかけはそのクラブにイケメンのアメリカの青年が訪れて一緒に稽古したことだったそうです。「この人と話をしたい。彼には英語しか通じない」というとき、なぜ英語を勉強しなければならないか、という疑問は生まれません。「教室で学ぶ教育からコミュニティで学ぶ教育へ」とは、社会から、人から隔離された「教室」から離れ、学びの原動力となる「人」との関わりを一人一人に適切なカタチでデザインしていくことにほかなりません。柔道には世界200以上の国と地域に豊かなコミュニティがあります。私たちはそのコミュニティを活かし、新しい公教育を創造します。

4. 機能不全の「古い体育」から機能する「新しい体育」へ

部活動や運動チームに加入して、大会での上位入賞を目指す。よく見られる光景ですが、なぜこのようなカタチが広く普及したのか、もともとの目的があまり知られていないように思います。それは「運動」というものをより多くの人々に提供するためです。英国のパブリックスクールを訪問したクーベルタンは運動が教育として優れた効果があることを知り、運動を広げるためにオリンピックをつくりました。「強くなりたい」と思って柔術を習った嘉納治五郎は、運動で自分自身が大きく変わったことに気づき、運動というものを広めるために「柔道」をつくりました。

近年の研究は、生活習慣病などの慢性疾患、うつ病などの精神疾患は運動で予防できたり、改善できることを示しています。しかし、学校で運動部に所属していても、卒業したら大半の人が運動をしない。一部の運動好きが運動を継続し、少なくない人が運動に苦手意識をもって運動から離れ、結果、たくさんの人々が生活習慣病などの慢性疾患、そして、うつ病などの精神疾患で健康を損ねています。18世紀後半からはじめった産業革命によって、身体を動かなくても生きていける、という環境が広がったことが慢性疾患の著しく拡大の要因との指摘がありますが、いずれにせよ、このような現状から体育、そして人が運動するためのシステム全般をみると、日本及び世界の体育・運動システムはまだまだ十分に機能していない、と言わざるをえません。

先人の努力によって、「競技」、大会での勝敗を競う、というかたちの体育・運動システムは整備されてきました。また「フィットネス」などの新しいコンセプトに基づく運動も広がってきました。しかし、まだまだ十分ではありません。私たちは、今後も競技などの既存のカタチを発展させていくと同時に、あまねく人が運動にアクセスできるようにするため、新しい運動のカタチをつくり、広げていく必要があると考えています。私たちが考える、その新しい運動のカタチは、グローバル化する社会に必要不可欠な、人とつながるための運動です。母国語が通じる環境では運動のコミュニケーション機能があまり注目されませんが、母国語が通じない環境における運動の非言語コミュニケーション機能は非常に高いものがあります。私たちは、柔道を多様な人々とつながるためのコミュニケーションとして再構築し、次世代の体育・運動提供システムの中核にすえることにより、万人が運動にアクセスできる、機能する新しい体育・運動システムを構築します。

5. インクルーシブ&生涯学習・生涯スポーツ

教育そして運動を必要とするのは、「定型発達」の「子ども」だけではありません。「大人」も、そして「非定型発達」の子ども・大人も、老若男女すべての人が必要としています。特に、病気や障害があったり、マイノリティであったりなどで、社会参加が困難な状況にある人にとって、運動は社会に参加する効果的な方法でもあります。私たちは、子どもも大人も、障害あるなし問わず、柔道ができるインクルーシブで生涯続けることができる教育環境づくり、コミュニティ開発を通じて、新しい公教育を創造します。

6. 「文武両道」の再構築へ

「勉強できるのだから勉強だけしてたらいい」「頭が悪いんだから運動で頑張れ」など、「運動」と「知的作業」は別々のものとして捉える風潮が一部にあります。しかし、近年の研究は、運動することによって脳機能が向上すること(認知能力・非認知能力)を示しており、身体を動かすことによって、学習や仕事、生活全般が改善されることが示されています。古来より「文武両道」という言葉があるとおり、また、嘉納治五郎先生が「稽古を通じて「精力善用・自他共栄」という道を体得し、それを人生全般に「応用」できるからこそ柔道には価値がある」と話した通り、柔道・スポーツで学んだことを生活全般に「応用」することが教育上大切なこととされてきました。もっとも具体的にどのようにしたら「応用」できるようになるのか、その答えはいまだ出ていないように思います。私たちは、柔道・運動と学習・キャリアがこれまでにないカタチで連動した新しい教育を目指しています。柔道を通じて世界中の人々とつながる機会もその重要な一つです。

7. 柔道クラブが「新しい学校」へ。オンライン教育の導入

これまで述べたような教育を可能にするものがITです。いまや情報を得るために学校にいく必要はなくなりました。最近は高校の授業をネットで学ぶ「N高校」が話題となりましたが、柔道クラブで、柔道を教えるほか、国語や数学、理科、社会などの授業をオンラインで提供することは技術的に可能になっています。昔は、柔道クラブで柔道のほか勉強もする、というクラブが多かったと聞きますが、もともと柔道は知育・体育・徳育を兼ね備えた教育手法として嘉納治五郎先生によって考案され、競技はあくまで一部であり、知育と徳育を重視する理念がありました。いま多くのスポーツは「観るスポーツ」として発展しようとしていますが、柔道はITを活用することにより、「学校」として発展する、既存の学校を代替する存在になることができます。私たちは、柔道にオンライン教育を導入することによって、柔道クラブを「新しい公教育を担う学校」に進化していくことを企図しています。

8.より多くの大人が多様なカタチで公教育に参画する

コミュニティスクールのように学校運営に地域の大人が参画する取り組みが各所で広がっています。地域の柔道クラブでも保護者が大きな役割を担っているところが多数あると思います。従来、地域の大人は主に税金の負担を通じて公教育を支え、実際の学校運営には関わらず、教職員に委ねられてきました。しかし、インターンシップや体験学習が広がっているように、学校の中で提供できない「体験」の必要性は高まり、地域の大人が、自分の子供だけではなく、他人の子供の教育に関わる必要性が高まっています。

もともと近代国家が成立する以前、子どもを大人にする通過儀礼が行われていましたが、こういった教育イベントはその地域の大人が総出で実施したそうです。また「天下にこれより楽しきものはなし」と嘉納先生がいうように、大人は子供の教育に関わることで活力を得ることができます。私たちは、多様な大人が多様なカタチで参画し、より多くの子どもが多様な体験ができ、より多くの大人が地域の子どもの教育に関わることで活力を得る教育を目指しています。

9. 新しい公教育にむけて

私たちは、総じて、a)世界200以上の国と地域にある柔道コミュニティがつながって子どもたちが世界中を冒険できるようになること、b)地域の柔道コミュニティが老若男女、障害の有無を問わず、柔道を提供できるような豊かなコミュニティになること、c)オンラインの教育システムが整備され柔道クラブで知育を受けることができるようになること、これらを実現することで「新しい公教育」が出現すると考えています。

課題と解決手法

直面している二つの課題

1. 「運動」の不足→健康・脳機能の低下

生活習慣病などの慢性疾患、うつや認知症などの精神疾患を患う人、そしてその予備軍は年々増加しています。最近の研究は運動がいわば万能薬のような効果があること、慢性疾患や精神疾患をそれなりに予防や改善できること、学習や人間関係、社会適応を容易にすることなどを示していますが、残念ながら、必要な人に必要な運動は届けられず、多くの人が健康を損ね、脳機能を低下させています。いわば「体育」が機能していないともいえますが、これからの社会では、人の発達や健康に必要な運動がすべての人に届けることができる、運動提供の仕組みを再構築する必要があります。米国のあるスラム街の小学校で、週1回だった体育を毎日実施するようカリキュラムを変更したところ、校内暴力事件が半分以下になったそうです。夫または妻が運動するようになったら夫婦喧嘩が減った、という声もよく聞きます。運動不足は正常に脳が機能することを妨げ、他人との争いや不和をもたらします。体育は争いのない平和な社会を築く基盤でもあるのです。

2. 「体験」の不足→非認知能力の低下

現在の先進国の教育制度は、テストで測定できる知識量や情報処理能力などの認知能力の向上には一定の成果を出しているが、意欲、自尊心、忍耐、共感、敬意、社交などの非認知能力の開発は十分ではないと評価されており、どの国でも、複雑化、グローバル化、相互依存化が進むこれからの社会において、認知能力とともに非認知能力を十分に開発することができる教育システムを確立することが急務となっています。上記の非認知能力を高めるものは「体験」です。学校という社会や自然から離れた場所で、同じ年齢の同じ地域の子どもたちと同じ内容を学んで過ごし、それ以外の人との関わりが少ない現状を打破し、人の発達に必要な「体験」がすべての人に届けることができる、体験提供の仕組みを再構築する必要があります。

柔道に見出した可能性

1. 強力な非言語コミュニケーション機能

1対1で向かい合い、かつ、身体接触を伴うことから、チームスポーツや身体接触がないものよりコミュニケーション機能が高い。言語によらないことから外国語なくして意思疎通ができ、異なる文化や宗教、貧富、価値観などのバックグランドを持つ相手ともつながることができる

2. 世界最大規模の教育コミュニティ

世界200以上の国と地域に普及している(例えば、野球は124、サッカー211の国と地域)。「柔道は単なる競技ではない。教育である」という理念をもった指導者が生徒や保護者、関係者とともに良質なコミュニティを築いている。

3. 日本発祥の強み

外来のスポーツと異なり、「日本にいって柔道をしたい」という人々が世界中にたくさんおり、日本の柔道クラブ(国内には部活も含めて約9000のクラブがある)には文化資源・観光資源としての魅力がある(柔道を創設した講道館(東京・後楽園)には年間1000人を超える海外の柔道家が訪問している)。おなじく「日本の柔道家と柔道をしたい」という人々がたくさんいるため、日本人が海外の柔道クラブにいくと特に歓迎される。外来のスポーツと異なり、日本人であることが尊敬されるコミュニティ、日本人というだけで温かく向かい入れてくれるコミュニティが世界中にあることは、特に子どもが海外にでる入口として優れている。

課題の解決手法

柔道を通じて異質な他者とつながる体験
  • 質的な解決:強力な非言語コミュニケーションであるため、文化や宗教、貧富、価値観などの違いを超えて人と深くつながる体験ができ、これは特に子どもたちの成長を大きく促す、優れた「運動」「体験」である。
  • 量的な解決:すでに柔道という世界規模のインフラがあり、道場間の人の移動を促進するだけで機会が作れることから、低コストでたくさんの人にこの機会を提供することができる。

このようなことを考え、judo3.0は国際柔道交流などを進めています。

酒井重義

judo3.0代表&サポーター

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