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「立ったまま投げる」という新ルールの衝撃 -第2回全日本ID(知的障がい者)柔道大会を観戦して-

「その時歴史が動いた」というNHK番組があったが、もしかしたら、この日は柔道の歴史が動いたときだったかもしれない。

2019年12月8日、東京都八王子市の日本文化大學「立志舘」にて、第2回全日本ID(知的障がい者)柔道大会が開催された。昨年(2018年)に第1回の大会が開催、2回目の開催となった今回は、前回よりも参加者が多く、着実に前進しているという。

※第1回大会に関するまとめはこちら

もっとも、ここで衝撃を受けたのは、知的障がい者(ID)の柔道に関する話ではない。IDという分野で行われているが、この分野の留まらず、柔道そのものの新しい未来を感じさせてくれた、ある挑戦が行われていたからである。それは何か?

「相手を投げたとき、自分が立っていないと、技ありや一本にならない」

というルールが試験的に導入されたことである。

「少年大会特別規定」は、小中学生が無理な巻き込み技を施すことを禁止しているが、巻き込み技のように最初から自分が倒れこんでしまう技だけでなく、例えば、内股や払い腰で投げたとき、その勢いのまま相手の上に乗りかかるとか、背負い投げや体落としで相手を投げたとき、その勢いのまま、前転するような形で相手の上に乗るようなことも許されない。

例えば、以下の映像は、グランドスラム・エカテンブルク大会での優れた投げ技5本だが、

5本とも、投げたとき、投げた選手は、投げられた相手の身体の上に乗りかかっている。したがって、新ルールの下では一本とはならず、むしろ指導の対象となる。

改めてみると、柔道の選手は本当に頑丈な身体をもっていると思う。何十キロもの重さのある自分の身体が勢いよく地面にたたきつけられる。それだけでもすごいのに、さらに、その上に、何十キロもある相手の身体が「ドーン」と自分の身体に乗ってくるのである。

古くて新しいルール

ただ、新しいルールだといっても、まったく新しくない。柔道をはじめて習うとき、

・投げた際にはしっかりと引き手を引く(命綱)
・立ったまま投げ切る(残身)
・しっかりと受け身をとる(潔さ)

が大事だと教えられる。それがそのまま試合のルールに反映されただけのことにすぎない。

もっとも、このルールで実際に運営される試合を間近で見てしまうと、世界の見方が変わってしまう。いままで当たり前だと思っていたものが、実は当たり前ではなかったということに気づいてしまう。例えば、生徒から以下のような質問を受けたとき、どのように回答するだろうか?

「先生!道場では「投げたとき、立ったままで引き手を引く」ことが大事だと教えられてきましたが、なぜ試合だとこれをしなくてもいいのですか?誰もやっていません」

何故だろうか?なぜ試合だと「命綱」と教えられた引手を引かなくてもいいのだろうか?なぜ自分の体重を乗せて相手を畳にたたきつけていいのだろうか?

「投げたとき、引手を引かなくていい、相手に乗りかかってもいい」、そのようなルールでの試合に参加できるのは、その条件でもケガをしない、よく鍛錬された者だけに限った方がいいのではないだろうか? 当然、知的障がいがある者に限定されない。初心者、運動が苦手な子ども、運動不足の中高年など、様々な人々に当てはまる。

第2回全日本ID柔道大会を観た後だと、こんな疑問が浮かんできてしまうのである。

「ケガをしたくないから」といって、稽古はしても柔道の大会に出場しない社会人は少なくない。試合=ケガをする、が普通になっていて、試合が終わったとき「とにかくケガしなくてよかった」と安堵する、それが日常の世界になっていたとき、第2回全日本ID柔道大会は、これとは異なる世界があることを垣間見せてくれた。

柔道のスタイルに及ぼす影響

新しいルールの影響は、安全になって老若男女が参加できる試合のカタチが生まれるだけではない。柔道のスタイルにも影響を及ぼす可能性がある。

新ルールでは、力任せに投げる、ということがしづらくなって、崩して投げる、という原点に戻らざるを得ない。静止した状態から、乾坤一擲とばかり、全体重をかけて技をかけるシーンが減り、双方が動いている状態から、技をかけるシーンが増えるのではないだろうか。崩すための、技をかける前の駆け引きの動き、虚実を織り交ぜた動きが豊かになっていく可能性がある。

また、昔の柔道をご存知の先生によると、投げたときに立ったままでいること、自然体を維持することは、武術として当然だという。なぜなら、もともと柔道は、気晴らしから生まれたスポーツではなく、戦場の殺傷術から生まれたもので、戦場では1対1ではない。多人数と対峙したとき、一人を投げたときに自分が倒れてしまって、他の敵から攻撃されてしまう。こんな風に教わったそうである。新ルールは武術としての柔道に立ち戻るきっかけを与えるかもしれない。

最後に

以上、一人の観客として第2回全日本ID柔道大会を観戦した感想を述べたが、宇宙船に乗って、異なる世界を見たような感覚かもしれない。

向こうの世界では、老若男女、誰しも柔道を楽しんでいる。
こちらの世界は、「柔道は危険だ」と思っている人々がたくさんいて、柔道する人々が減り続けている。

この大会で行われた挑戦が、新しい世界に向かう「その時歴史が動いた」になるのだろうか。これからが楽しみである。

執筆:NPO法人judo3.0  3.0マガジン編集部

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