「フランス柔道とは何か」を読んで話し合った
2022年7月8日(金)、132回目の3.0オンラインカフェは、書籍「フランス柔道とは何か」の読書会であった。書籍の要約の共有や参加者との話し合いが行われたので、以下その内容を記していく(3.0マガジン編集部)。なお、以下はあくまで書籍の一部・断片にすぎないので、詳細は「フランス柔道とは何か」をご一読いただけたら幸いです。
1.書籍の内容
書籍は三部構成になっている。「第1部 フランス柔道の現在」「第2部 フランス柔道の教育システムの成立」「第3部 フランス柔道の教育観――日本柔道との比較を通じて」である。
「第1部 フランス柔道の現在」
「フランス柔道の現在」として、例えば、以下のようなことがある。
- 割合:小学生についてフランス60% 日本20%、中高生についてフランス10% 日本30%、すなわち、フランスは小学生中心、日本は中高生中心。
- フランスで柔道が人気がある理由は、①親が子供にやらせたがる、②組織が整備されていて連盟が柔道人口の増加に努めている、③職業としての柔道指導者の地域が確立している
- 学校の役割が日本とフランスが異なる。フランスの学校は生徒の生活指導を行わない。礼節を教えない。したがって保護者は学校外の何か、スポーツなどで礼節や規律を子供に教えたいと思う。スポーツ種目によって礼節を重視する度合いが異なり、柔道は礼節や規律を重視する度合いが高い。
- 試合のタイプは二種類ある。「競技」(国際大会の代表選手の選手と育成)と「レジャー」(共生やお楽しみイベント)である。まず10才未満の子供は試合そのものが禁止されている。「レジャー」の大会は10才から地域の大会に参加可能。男子は10階級・女子は9階級に分かれている。全国規模の大会は12歳から(中学1年生に相当)参加できる。そのほか、寝技だけの大会、形の大会、30歳以上の年齢別、色帯別の大会など多様な試合が実施されている。「競技」大会は14歳以上から参加できる。カデ・ジュニア・シニアの大会などがある。
- それぞれの道場では「柔道タイソー」という女性向けのエクササイズが提供されている。1500の柔道クラブで実施されている。
- フランス柔道連盟は2019-2020年だと約50万3000人(サッカー・テニス・馬術の次の登録者数を誇る)。フランス柔道連盟への個人の登録費40ユーロ(5500円)でこれが大きな財源になっている。
- 指導者は85%が男性。柔道指導を主な収入源にする人は25%、指導で報酬を得て税務申告する人は53%。プロ指導者、月収の中央値1500ユーロ程度。3000ユーロ超は2%のみ。柔道で教えている人はいるがそれほど稼ぐことができる職業ではない。70%以上のクラブで年会費190ユーロ以下に安く抑えていることも原因。指導者は自己認識として競技スポーツのコーチというより、価値観や知識を伝える教育者であると自分自身を認識している。
- フランス柔道連盟が指導法を作っており、①4-5才、②6-8才、③9-12才、④13才-15才、⑤15-17才、年齢に応じた指導テキストがある。
- 学校ではほとんど柔道は行われていない。その理由は①道場・柔道着がないこと、②指導が難しいこと、③性差があり男性に偏ったスポーツであるから。
- 柔道クラブは、フランスの場合、NPO法人のような存在となっている。
※「柔道タイソー」参考動画
第2部 フランス柔道の教育システムの成立
「フランス柔道の教育システム」は以下のようにして形成されてきた。
- 当初は、川石式柔道(川石酒造之助/ ポール・ボネ・モリ)が普及。富裕層向けだった。そこに講道館派の台頭。そのなかで柔道の国際化が始まり、フランスはヨーロッパ柔道連盟・国際柔道連盟の中心に入ってオリンピック競技化を図す。
- フランス政府は、水泳や山登りなど危険なスポーツについて安全を図るため法律で指導者資格をさだめることにする。このときフランスの連盟は柔道もその法律に入れたこのとき、川石式柔道と講道館派が併存している。
- 段位の発行権限についても誰が発行するかの争いあり。段位は他のスポーツと異なる柔道独自の制度として重視される。有段者会と連盟が対立。
- そのほか体重別の大会の導入についての賛成・反対、柔道のオリンピック競技化への賛成・判断についても議論あり。
このような背景があるなかで、1967年、フランス式柔道指導上達法が制定される。白帯から黒帯までに6段階。技術・修業期間・レッスン回数などが定められる。例えば、6級は受身・姿勢・組み方/一本背負い・出足払いなどの6種類/袈裟固め・上四方固めなど5種類。5級になるには最低2か月・16回レッスン、3級になるには最低6か月・48回レッスンなど。
その背景は、川石式と講道館式という二つの指導法を統一すること、東京オリンピックでメダルを取れなかったので、競技力の向上のために指導法の標準化を図ったこと、競技に偏重したことから段級の価値や内容の見直しなどがある。
1970年代、高度成長時代、柔道人口も増加して子供が増える。そこで、子供の身体的心理的な成長に合わせた「教育としての柔道」が必要となり、対象年齢ごとの指導法を研究、その指導法の書籍が1977年「6-9歳の教育法アプローチ」、1980年「13-15歳の柔道」として刊行される。
これらの研究をもとに、「フランス式柔道指導上達法」(1967年)の改定の取り組みはじめ、1990年「フランス式柔道柔術教育法」が定まる。その背景となったのは競技が過熱化してマナーの悪い人が増え、柔道が教育にいいというブランドイメージが傷つき、柔道登録者数が伸び悩んだから。
教育としての柔道を再構築するため、1990年「フランス式柔道柔術教育法」ができた。指導者資格を取るときに学ぶので、どの年齢の子供にどのように教えるかをすべての指導者が学ぶ。①4-5才、②6-8才、③9-12才、④13才-15才、⑤15-17才、年齢に応じた指導テキストがある。
また、1985年には柔道の道徳規範(コード・モラル)を制定して、柔道が教育的価値があるものであることを明確化。「礼儀・勇気・友情・誠・名誉・検挙・尊敬・自制」の八つ。
1990年のフランス式柔道柔術教育法、1985年のコード・モラルの完成によって確立した教育としての柔道を、199年代からはテレビコマーシャルや子供向けキャラクターを考案するなどして積極的に宣伝。教育的価値があるスポーツであったり、スポーツより優れたものとして広げていく。
第3部 フランス柔道の教育観――日本柔道との比較を通じて」
では日本の柔道は何か?
日本はクラブではなく、学校の部活と体育として柔道があった。戦後、GHQ学校武道の禁止し、競技スポーツとして復活した。今はほとんど失われてしまったが、日本の柔道で学ぶこととは「事理一体」(技を修練によって人格を磨く・正しい心は技の質で証明)だった。その内容は「柔の理」であるが、競技柔道が広がり、おそらく「柔の理」では必ずしも試合に勝てるわけではないことから、現在の柔道修行者は学んでいない。
全中が果たしてきた役割も大事。
1970年から全中が始まった。大会の位置づけは模範となるもの、柔道の基本を正しく伝えるものであり、講習会を開催するなどして、指導者が勝敗にこだわりすぎることを戒めていたが、1982年、中学生からも強化選手が選ばれるようになるなど過熱化が進んでいき、その弊害を抑えるため、審判規定で締め技・関節技・内股巻き込み・膝つき背負いが禁止するなど対応がとられ、1982年にそれらをまとめた少年規定ができた。
以上、簡単にまとめると、フランスの場合、保護者がしつけや規律、教育を求めたので、フランス柔道連盟はそれに応え、教育としての柔道の指導法を開発、統一、改善してきた。他方、日本の場合は、学校で柔道をするので、保護者のニーズに直接答える必要はなく、大会が広がり、オリンピックのための強化がはじまり、メリトクラシー努力主義・根性論が広がり、その弊害として体罰やしごきも広がっていった。これに対して、少年規定・柔道ルネッサンス・暴力根絶プロジェクト・柔道マインドプロジェクト・公認指導者資格などでその弊害を抑えるための対策をとってきた。最近だと、中学生の絞め技禁止や小学生の全国学年別大会の廃止などがある。ただ、日本の柔道連盟が何をしてきてその結果どうだったのか、日本柔道の戦後史はほとんど研究されていない。
2. 参加者との話し合い
フランスで柔道指導をされた先生の体験談・日本とフランスの三つの違い
フランスで2年強、柔道指導をしたが、日本との違いは三つある。
一つは、指導者が柔道を教えて謝金・給与を得ていること。お金をもらって教えているので良く学ぶしいい指導をしようとする。
二つ目は道場に障害がある方や年配の方などがいること。インクルーシブであるし、また年配の方が「黒帯を取りたい」と言って柔道をはじめに来る。大会には出場しないが黒帯を取りたいからといって柔道を始めて連盟に登録し続ける方がたくさんいる。他方、日本には障害がある方はほとんどいないし、年配で黒帯を取りたくて柔道を始める方もほとんどいない。
三つ目はとにかく子供(小学生)が多い。自分が所属したクラブはフランスの中でも規模が大きいクラブだったが数百名いた。保護者から規律を教えてほしいという希望があり、指導者はよくそれに応えて、子供が楽しく、そしてけがをせず、規律や礼儀を学ぶことができるよう指導している。
他のスポーツと異なり、柔道には昇給昇段制度があり、年配の方を敬い、その精神を後輩に伝えていく、という文化がある。フランスでも核家族化が進んでいるので、若者とおじいちゃんおばあちゃんは一緒に住んでいないが、道場は子供、若者、壮年などが同じ場に集う疑似的な家族のような場かもしれない。柔道場の中に家族を作っていくようなトロ子があることもフランスの柔道の魅力かもしれない。
そのほかの意見
- 「事理一体」、形から入るという教育は日本でよく行われている。笑顔の時に悲しい気持ちになりにくいように、身体の動きから気持ちや考え方が作られるということがある。
- 日本の場合、1970年代ぐらいからか、スポーツ推薦が広がったとき、競技偏重・過熱化がひろがったかもしれない。子供の進路に関わってくるとなると過熱せざるを得ない。
- スポーツと違う柔道の価値は何なのか。フランスは「教育」だとしたが、日本はサッカーも野球もすべてのスポーツが教育なので、教育という点で他のスポーツの違いが出せない。
- 競技という面では20代ぐらいがピークで、それ以降は競技して勝ち続けることは難しい。それでも続ける理由、試合に勝てない人が柔道を続ける価値はどこにあるのか。
- ポルトガルでは政府が若者に規律を教えたいというニーズがあり、柔道が選ばれ、警察や軍などで柔道が盛んにおこなわれた。昔はポルトガルの日本大使館など、各地の日本大使館の大使や職員は柔道をしていて、現地の受動家と交流していたが、今はしなくなってしまった。柔道は人々のモラルを向上させるものであり、世界を平和にしていくものである。それを人々に伝えてほしい。そのためには外国語が大事。柔道ができるだけでなく、現地の言葉で柔道の哲学を伝えてることが必要になる。
- 柔道にどのような価値があるか。武道の言葉は道場外の場面、対人関係で優位に立つための技術や力などでも使われる。「胆力」がつく、迷いを断ち切る、崩す、など。そういった対人関係スキルを向上させるということも価値かもしれない。
- フランス柔道連盟は、子供の年齢や発達段階に合わせた教育としての柔道のため、標準化された指導法を作ってすべての指導者が誰に何をどう教えていいかを知っているが(本に載っている)、日本にはそのようなものはない。日本でも作ったらいいのか、それともつくらなくてもいいのか。この点、フランスの場合、標準化された指導法は昇給制度とセットになっていて、昇級のために何をどう教えるかが定まっている。他方、日本は、昇級・昇段は重視されておらず、試合での成績が主な関心事である。したがって、昇給昇段をどうとらえるか、これからどうするかを考えないと、フランスのような教育としての柔道の標準化の取り組みはできない。
- フランス柔道とは何か、が分かってきたので、日本の柔道とは何か、をもっと詳しく知りたい(事理一体、武術性などがヒントになりそう)。
以上、読書会の概要でした。上記は本の一部・断片にすぎません。詳しくはぜひ書籍「フランス柔道は何か」のほうご覧ください。