第1回フォーラムレポート「なぜ柔道は世界を変えるのか?〜教育・医療・福祉を再構築するイノベーターの集い〜」
2016年9月17日から18日にかけて順天堂大学さくらキャンパスにて、第1回FORUM JUDO3.0「なぜ柔道は世界を変えるのか?〜教育・医療・福祉を再構築するイノベーターの集い〜」が開催された。その様子をお伝えする。
柔道で世界を変える方法を語り合う!
企画したのは、元弁護士である酒井重義が代表を務める「海を渡って柔道をしたら世界が変わった」実行委員会である。2015年1月から活動を開始し、これまでハワイ、インドネシア、タイの3カ国で国際柔道キャンプ「JUDOプチ留学」を実施、小学生から大人まで合計25名に海外で柔道する機会を提供した。当委員会初のフォーラムには、北は北海道、南は広島・愛媛から、50名を超える人々が参加し、柔道で世界を変える方法について語り合った。
以下、三つの特色、ゲストスピーカーの多彩さ、当委員会の未来構想、語り合うワークショップについてみていこう。
1. 万人ができる柔道とは何か
初日は、いまや体育関係者のバイブルになりつつある「脳を鍛えるには運動しかない」(NHK出版)の著者、ハーバード大学のジョンJレイティ氏が運動と脳について、そして、近代柔道に「柔道初心者が行く欧州のJUDO」を連載するジャーナリストの高松平藏氏が「大人が柔道をしない日本」と対比しながら、子どもから高齢者まで幅広い年齢層が地域のクラブでスポーツを楽しむドイツの現状とその背景について語った(レイティ氏はビデオ、高松氏はドイツからインターネット動画中継にて)。
近年の脳科学は、運動には様々な点で薬と同じ効果があり、健康な青少年のほか、医療や福祉サービスを現在および将来必要とするほとんどすべての人々に必要不可欠であることを示している。しかし、ドイツと対比しても明らかな通り、日本のクラブや部活動の多くは、ある特定の年齢の健康な人のみを対象としており、その指導も先生から生徒へ一方的となるケースが多い。「発達障害」のある子どもたちや「幅広い年齢層」がクラブに参加しづらく、また、これから「指導」をどのように改善すべきか、必ずしも明らかではない現状がある。二日目は、この点に光をあてるゲストが登壇した。
まず、大きな社会問題となっている「発達障害」について、「発達障害の子の脳をきたえる 笑顔がはじけるスパーク運動療育」(小学館)の著者である日本運動療育協会の清水貴子氏が運動指導のポイントを実演し、ユニバーサル柔道アカデミーの長野敏秀氏が発達障害のある子どもでも柔道ができるクラブを新設した経緯とその独自のプログラムについて語った。
次に「幅広い年齢層の参加」について、鹿島柔道スポーツ少年団の仮屋茂氏が2歳児向けの柔道プログラムを開発した理由とその内容について、稚内地方柔道連盟・稚内南部柔道スポーツ少年団の三上雅人氏が、どのようにして過疎化する地域で大人をも巻き込んでメンバー数を増やしているのか、その実例を語った。
最後に「指導」について、子どもたちの「話すちから」を高めるプログラムを実施するアルバ・エデュの竹内明日香氏が、サッカーなど他の競技において、競技力の向上のためにも、子どもたちが言葉で話し合う機会が必要不可欠であると認識され始めていること、嘉納治五郎師範が雑誌などを通じて「言語化」を進めていたことなどにふれ、「型・乱取・講義・問答」における「問答」がこれからの指導のポイントになることが語られた。
2. 「世界一の学校」という柔道ビジョン
フォーラム第二の特色は、柔道から次世代の「世界一の学校」をつくる、という当委員会の未来構想が示され、参加者と語り合ったことである。以下そのポイントを敷衍する。
(1)世界共通の「ことば」としての柔道
第一のポイントは、柔道が言語・文化・宗教が異なる他者とつながる有益なツールであるという点だ。
異質な他者とつながることは子供にとって成長を促す。またグローバルな社会を生きる現代にあって重要な体験になる。それを踏まえて当委員会では、3回の国際柔道キャンプ「JUDOプチ留学」を実施。異国で柔道をする機会がほとんどないという現状に、風穴をあけたいと考えたのだ。実際、柔道をともに行うことは他の様々な教育機関のプログラムと比較しても優れていると思う。なぜなら柔道は日本発祥の「共通言語」であり、しかも身体運動という具体的な交流が伴うからだ。フォーラムでは、JUDOプチ留学に参加した子供の保護者3名から、それぞれ我が子がどのように素敵に成長したか、その感想が語られた。
(2)世界を横断する公教育という構想
第二のポイントは、世界各地の道場を巡り、様々な人たちと一緒に柔道をすること、これを主要カリキュラムにした学校(高校)をつくるという構想だ。多様な人々と意見を述べあい、課題を立て、コラボレーションをしながら課題に向き合う。これは複雑で変化の激しいグローバル時代にあって求められる能力だ。この能力を身につけるには異質な他者とのつながりをデザインすることが大切であり、次世代教育の核心といえるだろう。この手段として柔道を軸にするというのが、この構想である。もちろん、国数英といった既存の知育も大切だ。この分野の教育はインターネットを用いて学ぶ。一見突飛なアイデアのようだが、すでに先行事例はある。フォーラムでは、世界7都市に半年ずつ居住しながら現地でのインターンシップとインターネットで学ぶという、米国で高い人気を誇るミネルバ大学の取り組みが紹介された。
今後、知育はインターネットに代替され、インターネットで学ぶことができない能力をいかに育むか、それを提供できる教育機関が生き残っていくだろう。これを考えると、異質な他者とのつながりをデザインできる柔道クラブは、間違いなく世界最先端の教育機関になると思う。
(3)東京五輪1万人「おもてなし」プロジェクト
この構想を実現するためには数多くの賛同者が必要となるが、第三のポイントは、2020年の東京オリンピックを活用し、世界各地の10,000人の柔道家を日本の道場で「おもてなし」しようという戦略である。世界中の柔道家が、そして普段柔道に関心のない人々も、東京オリンピックの柔道に注目している。であれば、日本各地の道場で世界の柔道家と一緒にオリンピックを観て、一緒に稽古をし、同じ釜の飯を食べたらどうだろうか。このプロジェクトが実行されたら、柔道を通じて世界とつながることに情熱がある何万人もの人々とグローバルなネットワークができる。これだけの人々がつながれば学校建設も容易だ。
(4)想いのある人がつながるNPO
最後に、東京五輪で世界から10,000人の柔道家を日本各地の道場に招き、その後、地域の道場を世界最先端の教育機関にしていくためにはどうしたらいいだろうか。最も重要なポイントは、この点に情熱を持つ世界中の人々が直接つながることだ。そして時間、労力、資金などを出し合いチームを作り、異国で柔道したい子供達、異国の子供と一緒に柔道したい道場をサポートする。このためにも、当委員会はこれからNPO化し、広く仲間を募集していくことが語られた。
3. 語り尽くしたワークショップも
フォーラム第三の特色は、ゲストの話や当委員会の構想を聞いて終わりではなく、参加者同士が語り合ったことである。ワークショップは、主に、4人単位の小グループで、メンバーの組み合わせを変えながら話し合いを続ける「ワールド・カフェ」という手法で何時間も行われたが、テーマは「なぜこの場にきたか?」そして「どうやって柔道で世界を変えるか?」である。それぞれの想いが熱く語られた。特筆すべきは、柔道経験のない教育関係者や福祉関係者、経営コンサルタントなど、異業種の方々が多数参加したことだろう。「視点が新しく、多くの気づきがあった」「柔道の人々がこれほど社会貢献の意識が高いとは知らなかった」など様々な声が上がった。
明らかになった柔道のポテンシャル
以上、フォーラムの特色を簡単にみたが、ここで明らかになったことは、世界200の国と地域にある柔道コミュニティのポテンシャルだ。
他国の地域のクラブとの交流が盛んになれば、地域クラブは一気に最先端のグローバル教育の場に変貌する可能性を秘めている。また地域のクラブで「発達障害児」「高齢者」などが柔道をするようになれば、「柔道」そのものが最先端の福祉・予防医療機関になるだろう。そのために必要なことは、想いのある人々がつながることだ。このフォーラムはそのための機会であり、よい第一歩を踏み出せたと思う。当実行員会は仲間・協力者を募集しており、また第2回目のフォーラムは2017年4月30日(日)東京で開催を予定している。
文責)酒井重義
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