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7回目の挑戦。ある大人の女性が黒帯を目指す理由。

こんにちは、編集部の小崎亮輔(おざきりょうすけ)です。みなさまの周りに大人になってから柔道を始める方、どのくらいいらっしゃいますか。特に、大人の女性で柔道を始めたという方はいらっしゃいますでしょうか。「柔道をしてみたい」「黒帯が欲しい」と思っても実際に始めるケースは稀で、柔道について「激しい」「危険」といったようなイメージが先行することも大きな要因だと思います(ちなみに、私の修士論文の調査でも中学生が上記のような回答傾向を出しています)。

男性でも大人になってから始めることが稀なのに、ましてや大人の女性となるととても少ないと思うのですが、30代後半から柔道を習い始めて、黒帯(初段)の取得に挑戦している女性がいます。三重県在住の瀬古里美さんです。

なんと瀬古さんはこれまで昇段審査に6回も挑戦しています。

まだ黒帯の取得に至っていませんが、お仕事をしながら挑戦するそのチャレンジャー精神に尊敬の念を覚える方は私以外にも多いはず。ということで、今回は、瀬古里美さんに「なぜ柔道を始め、黒帯を目指すようになったのか?」をお伺いし、そこから柔道の知られざる魅力に迫ってみたいと思います。

小崎:瀬古さんこんにちは。本日はよろしくお願いします。まず始めに、軽く自己紹介をお願いできますか。

瀬古:よろしくお願いします。 三重県の瀬古と申します。2年半前の39歳のとき、息子2人(当時小5と小3)と共に柔道を始めました。

小崎:ありがとうございます。さっそくですが、柔道をはじめた経緯についてお話していただいても良いですか。

思春期の男の子の子育て

瀬古:何年か前、子どもが思春期に差し掛かったころ、子育てがとても大変になりました。思春期に差し掛かった男の子のパワーは、とても私一人では受け止めきれるものではなかったんです。

「このままでは家庭が崩壊してしまう」と思い悩んでいたとき、兄に相談したんです。そうしたら「何かスポーツをさせたほうがいい。柔道でもさせたら?」と言われました。私では思いつきもしませんでしたが、素直に兄の意見を受け入れて、子どもが柔道を始めたのがきっかけです。

小崎:子どもさんに柔道をすすめたら、すぐに「柔道する!」ってなったんですか?

瀬古:はい。というのも、次男が小学校1年生の頃、学校から柔道体験のチラシをもらってきて、「体験してみたい」と言っていたことがあったんです。そのことを思い出し、もしかしたら興味を持ってくれるかもしれないと思えました。

小崎:そうだったんですね。いろんなスポーツがあるなかで柔道にしたのは他になにか理由があったのでしょうか。

瀬古:長男は、以前、空手を習っていたことがあり、その空手の先生が人としての在り方をたくさん教えてくださる先生だったんです。そこから、武道には人としての大切な教えを与えてくれるのではないかと期待をするようになりました。

「親の言うことを聞かない年頃の子どもたちが、親以外の、素敵な大人に接する環境があってほしい。そして、素敵な大人に接することで子どもたちも素敵な大人になってほしい」

そう強く思いました。こうして私と柔道の関わりが始まりました。

小崎:ありがとうございます。思春期の子どもたち、反抗期なども重なって大変だったと思います。では、実際に道場にいってみたらどうでしたか。

瀬古:実はこの柔道を始めようとしたタイミングは、引越しをしたときだったんです。子ども達は、転校してきた学校で新しい友達に出会い、友達と一緒に柔道体験に行きました。そしてみんなで習うことになりました。

小崎:転校先で出会った友達と一緒に柔道を始める、というのは素敵ですね。一緒に柔道を始めた子ども達は今も柔道を続けていますか。

瀬古:私たち親子は続けていますが、その友達の子ども達は柔道から離れてしまいました。

小崎:そうですか。息子さんが柔道を始めたきっかけはわかりましたが、母親の瀬古さんはいつ始めたのですか。

瀬古:子どもたちが柔道を始めたタイミングで、私も習い始めていたんです。子どもたちと一緒に。

黒帯への挑戦

小崎:そうなんですね。では最初から「黒帯をとろう!」と目指されたのですか。

瀬古:いえいえ。柔道を始めたころは、「乱取りなんて危険。怪我でもしたら仕事ができない」と取り組み姿勢は消極的でした。黒帯なんて遠い先の話と思ってました。でも、長男が小学6年生のとき「ハワイ柔道プチ留学」に参加し、帰国したら私に言ったんです。

「お母さん、一緒に黒帯取ろう!」

と。とてもキラキラした表情で勢いが良くて、勢い負けして、つい「うん」と言ってしまいました。

小崎:「ハワイJUDOプチ留学」とは、judo3.0が、2015年12月に実施した、どこの道場に所属していても、そして強い弱いに関わらず、子どもたちが世界中のいろんな人と柔道できる機会を、ってことで始めたプロジェクトの第一弾ですね。

瀬古:はい。たまたまフェイスブックで見つけて。長男はハワイで約1週間ほど柔道やホームステイをさせていただきました。

小崎:何故、子どもさんは、ハワイから帰ってきた後、、お母さんに「黒帯とろう」って誘ったんでしょうか。

瀬古:長男が言うには「ハワイで本気で稽古したらなんか取りたくなった。インスピレーションが降りてきた感じ」と話していました。そのインスピレーションで私も誘われたようです。

小崎:子どもさんは海外に出られて柔道の魅力をより深く感じたようですね。瀬古さんはそのような経過があって黒帯を目指されたんですね。

瀬古:はい。当時、柔道歴が2年、41歳で、試合もしたことはなかったので、本当にゼロからのスタートでした。

小崎:昇段試験はどうでしたか。

瀬古:1回目は昨年の11月です。初めての試合が昇段審査でした。審判の先生に、試合会場での礼の仕方から教えていただきながらの出場でした。そこでは勝てませんでしたが、それから1ヶ月後の2回目の昇段試験ではじめて1勝することができました。

でも、その後、今年の3月、4月、5月、6月と合計6回参加して、だいたい1回の昇段審査で2回ぐらい試合をしていますが、まだ勝つことができません。はじめての勝利のときは、相手の方も大人の女性だったのですが、その後は、大人の女性がいなくて、高校生か中学生が対戦相手でした。

小崎:そうなんですね。昇段試験を受け始めて何か変わりましたか?

瀬古:黒帯に挑むようになってから、私の周りの人たちが応援してくれるようになりました。味方が増えたような感じで、本当に心強いですし、感謝してます。あと、子どもと共通の話題ができたこともうれしいです。なかなか男の子は話をしてくれないので。それと試合に負ける子どもの気持ちが分かるようになりましたね。

小崎:これからも昇段試験を受けられるのですか?

瀬古:はい。10ポイントたまると昇段でき、試合に勝てなくても参加することで0.5ポイントをいただけるとのことなので。現在3.5ポイントですが、10ポイントを目指していきたいと思っています。

小崎:お仕事をされながら稽古をされ、何度も昇段試験を受けるのは並大抵のことではないと思いますが、とてもキラキラしながら目標に向かって邁進している印象を受けます。そこまでして頑張る理由は何かあるのでしょうか。

柔道が困難を和らげる

瀬古:実は、私は、様々な事情があって離婚して、子どもを引き取り、子どもと一緒に引越しをしました。子どもたちが不安定になったのは、こうしたライフスタイルの変化が大きかったんです。特に、思春期に入った子どものパワーはすごくて、シングルマザーとなった私一人ではどうにもできなくなって、「このままでは家庭が崩壊してしまう」って思い悩んでたのです。そのとき、兄が「柔道でもさせたら」と言ってくれたのです。

小崎:そうだったんですね。

瀬古:はい。ありがたいことに柔道を始めた息子は、クラブの先生の温かい指導もあって柔道が好きになったようで、精神的に安定するようになりました。多分、私が柔道を一生懸命やっていたことも、子どもに伝わって、子どもが柔道を続けることができたんじゃないかと思ってます。子どもと一緒にはじめたお友達は途中でやめてしまったので。

また私自身、家族の様々なことが積み重なり、精神的に不安定になりました。お医者さんにいったとき、うつ状態にあると言われ、有酸素運動を勧められていたのです。

小崎:ご自身のうつの治療としても柔道をされていたのですね。

瀬古:はい。お医者さんから有酸素運動を勧められたとき、最初はウォーキングをはじめました。でも、なかなか続かなかったんです。雨だったり、気分がのらなかったりとか。でも、柔道は続けることができました。息子と一緒ですし、稽古の日も決まっているので気軽に休むこともできない。そして、仲間ができて楽しくなってきたんです。

小崎:運動は抗うつ剤と同じような効果がある万能薬だ、という脳の研究が最近いろいろあるようですが、実際に運動を続けるのは難しい、とも聞いています。瀬古さんは、柔道をすることで運動を続けることができるようになったんですね。

瀬古:はい。運動量も、ウオーキングと比べたらぐーんと増えました。一人でウォーキングをしたときは、心拍数があがるほどの運動をすることはできませんでした。でも柔道をすると、汗をかいて、ハアハアゼイゼイと息切れするぐらい、しかも楽しく運動できています。

子どものおかげですね。自分のことはなかなか一生懸命になれませんでしたが、子どものことは一生懸命だったので。子どもと一緒になってやることができたら続いたんだと思います。

小崎:うつの症状はどうなりましたか。

瀬古:かなり楽になりました。ひどいときは、重い肩こりや倦怠感で、意欲がぜんぜんわかず、家の外にでることも大変な状態だったですが、そういう状態になることはとても少なくなりました。あとは、仕事や育児をするうえで、セルフコントールというか、気持ちの切り替えにとても役立っています。

小崎:セルフコントールですか。

瀬古:はい。私は、助産師の仕事をしているのですが、離婚してから職場を変え、週2、3日のパータイム勤務から週5日のフルタイム勤務になりました。離婚や引越し、子どもの変化に加えて、新しい職場でのフルタイムの勤務など、いろいろなことが重なっていて、最初はうまく気持ちを切り替えることができませんでした。仕事や育児でうまくいかないことがあって落ち込んだり、あと更年期の女性の特徴であるイライラやもやもやがあったりと、様々なストレスがあったんです。

でも、柔道をはじめて、最初は稽古についていくことができず大変だったのですが、次第に週2回の稽古にも慣れていって、気持ちの切り替えができるようになっていったんです。

仕事や育児でうまくいかないことがあっても、柔道をしたら気持ちがリセットされるような感じになって、また明日に向かうことができるようになったんです。

柔道は、私にとっては子育ての場であり、新しい友達ができるコミュニケーションの場であり、自分自身のセルフケアの場になってますね。だから柔道を頑張っているのかもしれません。

小崎:素敵なお話をありがとうございました。ご家族やお仕事、生活で困難を抱えたとき、柔道が活きたというお話は、生活をしていく中で様々な悩みや困難をもったときにどうしたらいいか、について示唆を与えてくださるとともに、新しい柔道の価値や魅力を示してくださったように思います。瀬古さんの黒帯への挑戦のお話、引き続き、お伺いできたらと思っています。

※瀬古さんは本日(7月9日)日曜日、7回目の昇段審査を受けられ、試合に2回参加。残念ながら勝てなかったとのことでした。「続けますか?」と伺ったら「もちろん!」とのこと。

瀬古 里美(せこさとみ)
三重県在住、2人の息子(中学二年生、小学校6年生)を育てる母。職業:助産師 趣味:料理、温泉旅行、Hippo family club(多言語サークル活動)、ホームステイの受け入れ(アメリカ、中国、韓国、香港、カンボジア、台湾、パキスタン、ドイツ等のゲストを12回経験)、スキー、スノーボード。

インタビュアー:小崎 亮輔(おざきりょうすけ)
埼玉県出身、東京都文京区在住。順天堂大学大学院博士後期課程在学中。芝浦工業大学、帝京大学、玉川大学非常勤講師。小学生から柔道を始め、順天堂大学4年次には全日本学生体重別団体5位の成績を残す。現在、講道館柔道四段。大学院にて研究活動をしながら上記大学の非常勤講師を務める。専門はスポーツ科学とヘルスプロモーション、研究領域は柔道および健康行動学や発達心理学など。

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