嘉納治五郎の柔道と教育22 武術という根を断てば、勝つことを目的としたスポーツとなる

嘉納は、柔道と競技やスポーツは異なるという認識をもっていた。また、柔道は「スポーツ化」することによってその教育としての力を失ったという理解もある。そこで今回は、柔道とスポーツの違いについて、3点ほどみていきたい。

なお、ここでいう「スポーツ」とはそもそも何かという問題があるが、一応、嘉納ら明治の人々が認識していたもの、明治以後に外来のものとして日本に輸入された競技で、統一のルールのもと大会を開いて勝敗を争う、野球やサッカーなどとしておく。

暴力との対峙

第一は、武術は生きるか死ぬかの真剣勝負を想定し、スポーツはそれを想定していない、という違いである。

殺傷術であった柔術を教育を主目的として再構築したとはいえ、嘉納の柔道はあくまで武術である。生きるか死ぬかという真剣勝負を想定していた。

『嘉納柔道思想の承継と変容』を著した永木耕介氏は、武道とスポーツの違いは、ルール無限定の暴力を想定することによる試合における勝敗の超越にあるという。

人間性を高める道としての武道の特性は、ルール無限定の暴力を想定したうえで成り立つ「武術」の練習から生み出されたものである。武術という根を断てば、武道の追求は困難となり、勝つことを目的としたスポーツになる。武道とスポーツの違いは勝敗の超越という価値観がある。(221~224頁)

ルール無限低の暴力、殺されるかもしれない、という殺意ある他者との対峙の場面を想定しているか否か。嘉納の柔道は、この場面を想定しており、他方、サッカーや野球などの「スポーツ」は想定していない。この違いは「試合」の位置づけの違いになって現れる。

スポーツは、試合こそが晴れ舞台であるが、武術の場合、試合は、ルール無限定の暴力に対峙したときに遅れを取らないための稽古の一形態に過ぎない。その意味で試合における勝敗を超越している。次のようなエピソードはこのことを端的に表しているだろう。

望月稔氏は、ある日、一日に二つの大会に出場していずれも優勝したという。氏は、嘉納がほめてくれるものと思って報告したとき、嘉納は、次のように話して「一日に二度も試合をやらなきゃ自分の力が分からんのか」と一喝したという。

おまえは試合というものをなんと心得ておるのか。試合というのは「試み合う」ということであって、自分の力がどれほどのものになったかということを試すためにあるんだ。一日に二度も試合をやらなきゃ自分の力が分からんのか。(望月稔『「道」と「戦」を忘れた日本武道に喝(カツ)』)

この違いは、何故、柔道が「スポーツ化」すると柔道の教育力が衰えるか、という問いに解答を提示している。

永井氏は、「人間性を高める道としての武道の特性」、すなわち柔道を通じた教育の核心は、ルール無限定の暴力との対峙によって培われる真剣な態度や精神にある、したがって、「武術」を否定し「スポーツ」となると、柔道が持っていた教育力が失われる、と指摘する。

本稿ではこれ以上触れないが、柔道による教育の復興を考えるとき、武術として柔道を再構築するという方法は大きな説得力を持っているだろう。実際、嘉納は、武術としての側面を非常に重視しており、内外の武術を研究して、いわば総合格闘技を作ろうとしていたのである。

講道館は武術として見たる柔道に対しては将来如何なる施設をするつもりかというに、まず権威ある教育機関を作ってまずわが国固有の武術を研究し、また広く海外の武術も及ぶ限り調査して最も進んだ武術を作り上げ、それを広くわが国民に教うることはもちろん、諸外国の人にも教えるつもりである(嘉納・著作集_巻105頁)。

ただし、武道は生死のかかった真剣勝負を想定し、スポーツはそれをしないという一事をもって、柔道とスポーツの教育力の優劣をつけることは当然ながらできない。武術としての柔道と「スポーツ化」した柔道の優劣も同様だろう。

殺傷術の練習にしろ、スポーツの技術の練習にしろ、単なる技術の練習だけでは道徳は身につけられない。嘉納は、その技術の練習を通じ、教えを授けることによって人は道徳を身につけることができると指摘している。

誰が考えて見ても分かる通り、何十年間竹刀で技術を練習しても投技や逆技の研究をしても、そういう練習や研究からは尊皇の精神も道徳も発生して来ない。それでは昔の武士が何故に武技に通じ、武士道も心得ていたかというに、それは武術を修むると同時にそういう教えを特に受けていたからである。その筋道は今日でも同様である。(嘉納・著作集_巻284頁)

その意味で、何を目的として技術の稽古をするのか、という点が重要となる。

なお、見逃されがちであるが、嘉納が学んだものは「柔道」ではなく「柔術」(天神真楊流と起倒流など)である。嘉納は、殺傷術としての柔術を身につけ、その後に柔道を作り上げた。「柔道」というものについて、嘉納と現代の私たちの間には大きな隔たりがあるが、この隔たりを埋めようと思うならば、柔術や他の武術を知ることが必要なのかもしれない。

原点

第二は、原点に何があるか、という違いである。

柔道の主目的は、「精力善用」「自他共栄」という「大道」を体得すること、言い換えると「己を完成させ、世を補益すること」にある。

これは柔道の創始者である嘉納が設定したからそうなったものであるが、他方、各種のスポーツは、創始者が定かではなく、仮にいたとしてもその主目的が教育にあると定めている例はあまりない。

例えば、フットボールについてみると、19世紀前半までは、「フットボールは肉屋のこせがれにこそふさわしい遊び」といわれており、教育の手段ではなかった。これが、19世紀後半、英国エリートが学ぶパブリックスクールやオックスフォード、ケンブリッジにおいてスポーツが教育の手段として位置づけられ、スポーツは、エリート育成手段とみなされるようになった。(レイモン・トマ『スポーツの歴史』寒川恒夫「付論 日本のスポーツ」193~194頁参照)。

明治の日本は、西洋文明を摂取する機関であった学校が、この教育手段としてブランドが形成されたスポーツを取り入れたことから、現代に至るまで、スポーツによって人間形成ができると考えられるようになったが、後から付けられたものにすぎない。

平時において原点は問われることはないが、行き詰ったときや危機のとき、人は原点に立ち返り、原点を新たに解釈して再生するということがよく行われる。例えば、行き詰った中世ヨーロッパは、ギリシアローマ文化という原点に立ち戻りルネッサンスを起こし、旧来の国家体制では危機を乗り切ることができないと考えた日本は皇室という原点に立ち返り、明治維新を起こして近代国家を建設した。

柔道が行き詰まり、「柔道とは一体なんであるのか。」と原点を問うたとき、ほとんど不可避的に「嘉納治五郎は何故柔道をつくったのか」という問いと向わざるを得ない。この原点に立つ嘉納が柔道の目的を「己を完成させ世を補益すること」と定めている限り、柔道は、何度でもその教育としての力を再生することができるだろう。

もっとも、野球やサッカーなどのスポーツが「己を完成させ世を補益すること」、簡単にいえば、人間的に成長して社会に役立つことを目的とすれば、原点が何であろうと、この意味では、柔道もスポーツも違いはないといえる。

なお、もともと「己を完成させ世を補益すること」という目的は、柔道の稽古をする者だけの目的ではなく、この世に生を受けたあらゆる人の目的であるという前提で、嘉納は、柔道の目的が一般の人々の目的と同じであることに大きな意義があると話している。

かくいえば人は問うであろう、柔道の目的が己を完成して世を補益するにあって、今までだんだん説いたような心掛けをもって世に処して行くことにあるならば、柔道の目的も一般の人の目的と同じことである、必ずしも柔道を持ち出すに及ばぬではないかと、

そこである、柔道はもちろん一般の人の目的と異なった目的を持っているわけではない。そこに柔道の貴いところがあるのである。もし柔道の目的が一般の人の目的と違っているならば、そこに柔道の目的に対して疑問が生じてくるわ けである。けれども、柔道の目的は一般の人の目的と違ったところがないから、安心してその目的の遂行に努力することができるのである(嘉納・著作集第2巻213頁)。

そして、当然ながら、人の目的の達成にはあらゆる方法がある。柔道が唯一の正しい方法ではない。嘉納は、「己を完成させ世を補益すること」「精力善用・自他共栄という大道を体得すること」は、必ずしも柔道の技の稽古をする必要はなく、「実務上の経験」や「学問」からでも体得することができると話している。同様に、他のスポーツからでも体得できるだろう。

毎々私がいうことであるが、この道に達するには方法はいくらでもある。あたかも富士山に登るには御殿場ばかりが登り口でない、須走 からも吉田口からも登れる。しかし目的とするところのものはきまっていると同様に、柔道の修行が目的として捉えんとするところのものはきまっている。

すなわち、何事をするにもその事を最も完全に仕遂げようと思えば、その目的を果たすために心身の力を最も有効に働かすにあるという一貫した大道を捉えることである。この大道を私は柔道と命名したのである。

この大道は学問をしてその理屈からも体得することが出来れば、実務上の実験を積んでそれからも体得する事が出来る。しかし私自身は昔の柔術の技術上の練習か らこの大道を体得したのであるから、同様の順序方法をもって人にもこれを教えようとして作り出したのが今日の講道館柔道である。

日本の文化や伝統

第三は、日本の伝統や文化と関連して認識されるか否かである。

多くのスポーツは英国文化に起源をもっているが、柔道や合気道、唐手、剣道などの武道は日本の文化や伝統を起源としている。

日本で生まれ育った者が、柔道は日本の文化や伝統の一形態であるということを実感することは稀であると思うが、海外では、柔道は日本の文化や伝統と関連して認識されている。

例えば、『プーチンと柔道の心』において、元NHKモスクワ支局長小林和男氏がプーチン氏にインタビューしているが、プーチン氏は次のようにいう。

□小林氏

大統領は「柔道は単なるスポーツではなく、哲学だ。」とおっしゃったことがありますが、「哲学」とはどういう意味ですか。

□プーチン氏

それは考え方、周囲の世界のとらえ方、そして人との関係、相手との関係です。これまでにも何度か申し上げましたが、柔道は相手への敬意を養います。柔道は勝つために相手の力を利用することを教えてくれますが、同時にルールを守ることも教えています。そして、柔道は伝統と結びついています。伝統は柔道というスポーツの一部なのです。これがすべてではありませんが、そうしたことが選手の世界観の根底にあると思います。そういう意味で、柔道は単なるスポーツではなく、哲学でもあると私は思うのです。

□小林氏

・つまり、柔道を世界的な視野で受け止めておられるということですね。

□プーチン氏

柔道は日本の豊かな文化が生み出したものの一つだと思います。日本文化は独自の方法で世界中の多くの人々の心に届いています。その意味で、日本の文化が人類全体の財産であるのと同じように、その文化の一部である柔道も全世界、特にスポーツ界の財産だと思います。

また、『代表的日本人』で嘉納を取り上げた斉藤孝氏は、日本人は、日本について、単なる経済国家というのではなく、「武」の精神を通じた人間形成の文化を世界に広げた国である、という認識を持つべきであると指摘している。

この「精力善用の精神」については後述しますが、とにかく治五郎は近代史における日本の位置、世界の中での日本の立場を考え、「日本人ここにあり」ということを示すために柔道に着目したのでした。その着眼点は優れていたといえるでしょう。

なぜなら現在、柔道は世界中に知られていて、それが日本の伝統的な競技だというのはあまりに有名です。ほかに空手人口も世界的に見て多いですし、合気道もそうです。つまり「武」というものが、日本の文化的輸出品の中で大きなものになっているのです。

残念ながら日本人は、「武」が日本文化の中の最大の輸出品目であるという自覚をあまり持っていません。しかし世界の人々は、日本を肯定的に評価する見方のひとつに、日本の「武」の精神を通じた人間形成の文化を挙げています。そしてそれに参加したいという外国人はたくさんいます。黒帯を締めて「武」の心を追求したいという外国人は跡を絶ちません。

たとえ日本の経済がどう崩れたとしても、「武」の精神を文化として世界に輸出した国であるという評価は残るはずです。ですから私たち自身が、「日本」という国の価値をたんに経済国家ということだけに置いてはいけないのです。

「武」は野蛮なものどころか、非常に高い文化を内包していて、人間形成の大きな軸になるものだということを世界中に広めた治五郎の功績は、計り知れないと言わなければなりません。(斉藤孝「代表的日本人」79~80頁)

斉藤孝氏が、「とにかく治五郎は近代史における日本の位置、世界の中での日本の立場を考え、「日本人ここにあり」ということを示すために柔道に着目したのでした。」と指摘したとおり、嘉納は、「柔道こそは日本が世界に教うべき使命を持っている。」と考えていた。

世界の将来は各国家の対立は依然今日の姿を継続するものと見るを当然と考えるが、社会的には各国民は相接近し、文化も漸次渾一することは自然の勢いである。その時に当たってわれは多く他国に学び、われより彼らに教うるものがなければ甚だ肩身が狭いのみならず、遂に軽侮を受くることも免れ難いのである。

それではわれは彼らに何を教え得るのかというに、柔道を措いて外に何があろうか。もちろん個々の学者や研究家が日本の文化について調べたり、参考したりする事実はあるが、柔道の如く広く世界に行われ、ますます盛んにならんとしているものは外に何があるであろうか。今回欧州旅行中目撃した事実に徴しても、柔道こそは日本が世界に教うべき使命を持っていると考えられるのである。嘉納・著作集_巻109頁)

仮に、武による人間形成の文化が11世紀後半に成立した武家による本格的な統治(鎌倉幕府)の下で始まったと考えると800年以上の伝統があるが、他方、サッカーや野球も、19世紀後半に日本に輸入されたことから、すでに100年以上経過している。したがって、国内で、日本の文化や伝統が背後にあるか否かで区別することは困難であり、また実益もないように思われる。

しかし、ひとたび海外に出て日本の文化や伝統と異なる地に行けば、柔道とスポーツの違いは、背後に日本の文化や伝統があるか否かで区別されうる。

この海外での柔道の取り扱いは、日本人に対しても、何らかの機会で日本の文化や伝統とは何なのかを考え始め、知りたいと思ったとき、何らかの影響を持つものと思われる。

『日本の思想―理・自然・道・天・心・伝統』を著した倫理学者の相良亨氏は、「人間いかに生きるべきか」という私の「根本的な問題」は、日本の「伝統を根本にふまえたものでなければならないと思われてくる。」とし、日本の文化や伝統から普遍的なものを掴み取ろうとした。

・・われわれは-私は-は、日本の伝統の中に生れ生きているのであって、伝統が私の体に流れている。それによって私は生きている。で、私の内に流れる精神的な血を全部入れ替えることは不可能だと考える。和辻哲郎氏がかつて、伝統を全否定しようとしても、まさにその否定の仕方が伝統的であるといわれたことがある。私はまず、われわれは日本人であるという何ともならない事実を認めなければならないと思われる。こう考えてくると、技術的なことはともかく、人間いかに生きるべきか、人間とは何か、といった私の実存そのものにかかわる根本的な問題は、まさにこの伝統を根底にふまえたものでなくてはならないと思われてくる。(235頁)

(中略)

日本人が精神的な安定をもって生きるためには、まず、われわれの生き方の基本は、われわれの伝統とのかかわりの中に見出すべきものと腰を落ち着けることであり、伝統の昇華の中に、精神のよりどころをしかと把握していくことであると思われる。(243~244頁)

それでは、柔道のなかに含まれる日本の文化や伝統というものは一体なんであろうか。柔道における「長期的目標」をより深く理解するうえで有益であると思われるので、次回はこの点を(かるく)みていきたい。

本記事は、2010年8月から酒井重義(judo3.0)によってブログで連載された研究論考「勇者出処~嘉納治五郎の柔道と教育」の再掲です。

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