なぜ子供たちは競技柔道から生涯柔道へ移行ができず、柔道をやめてしまうのか?JUDO EXPO 宇都宮2024に参加して
2024年9月7日、栃木県宇都宮市のユウケイ武道館にて、葵陽塾が主催して、JUDO EXPO宇都宮2024が開催された。本イベントは副題が「柔道を知っていても、知らなくても、誰もが気軽に参加できる柔道の祭典」とあるように、①柔道の経験者のみならず、未経験者も参加できるイベントであり、また、②柔道をする子供から大人まで、年齢・世代を問わず参加できるイベントである。
イベントでは様々なコンテンツが用意されており、参加者によって学ぶ内容が多様であるが、筆者は、生涯柔道の普及、具体的には、「競技柔道」に取り組む「中学生ら」に対して「生涯柔道」に取り組む「大人」と交流する機会を作って、生涯にわたる豊かな柔道ライフのきっかけを提供している、という点で新たな価値を創出しているように感じた。
柔道に限らないが、多くの青少年は学校卒業と同時に「現役(の競技選手)」を「引退」して、柔道やスポーツをやめる。生涯にわたってスポーツに親しむことが学校体育の理想であるならば、多くはうまくいっていないわけであるが、しかし、これを解決しようという具体的な取り組みはあまり見たらない。「競技柔道」から「生涯柔道」への移行を橋渡しをする取り組みとして何かありますか、と聞かれて、思い浮かぶものがあるだろうか。
したがって、「競技柔道」から「生涯柔道」への移行の側面を有する本イベントは、柔道の普及に関心がある人々の参考になると思われるので、以下、この観点からイベントをみていきたい。
イベントの概要
まずイベントの概要であるが、当日の様子を210秒でまとめたダイジェスト映像があるので、これを見ていただくのが早いだろう。
イベントの目的は次の通り掲げられている。
- 柔道の「良さ」は様々あり、勝負の世界で鍛錬を積むことで人格形成をしていく「競技としての柔道」だけでなく、その価値は近年多様なものとなってきている。嘉納治五郎師範が掲げた自他共栄の理念に基づき、本イベントで柔道の多様な価値を伝える場を設けることで、人々の生活にとって柔道が身近な存在として受け入れられ、柔道家だけでなく、多くの方にとってのウェルビーイングにつなげることを目的とする。
EXPOという名称のとおりプログラムは多岐にわたったが、大別すると、
①会場の上半分(下記の図のA会場)では、午前に大人の親善大会、午後にデフ柔道家の佐藤正樹選手の講演、その後に佐藤正樹選手が参加して小中学生らと大人の練習会が行われており、
②会場の下半分(下記の図のB・C会場)では、①の合間または並行して様々な体験講座が開催され、
③会場の周辺では、畳が敷かれた会場を取り囲むようにブース(机とホワイトボード)が配置されて、掲示物が掲示され、参加者は何時でも自由に訪れて掲示物を見たり担当者から話を聞くことができた。
この詳細は以下のとおりである。
(1)体験講座・アトラクション
- 親子転び方教室「転んでもケガしない!?ヒミツの技を身につけよう!」
- ID柔道体験会「世界で一番やさしい『ID柔道』とは!?」
- 投げない柔道体験会①「柔の形 体験会」
- 投げない柔道体験会②「寝技あそび」
- 投げない柔道体験会③「柔道けんこう体操」
- 柔道クイズ大会「日本発祥の武道『柔道』ってなんだ?」
- ケガを防ぐトレーニング講座
- 疲れを残さないアフターケア講座
(2)ブース展示
- デフリンピック紹介
- オリンピックと柔道 1964~2024
- 柔道家の絆-山形県戸沢村 災害ボランティアの記録
- ワーキングホリデー柔道
- 柔道けんこう体操 実践事例の紹介
- 柔の形を学ぼう
- 文武両道 相談所
- 柔道にイノベーションを!judo3.0
- ID柔道とは?
- 柔道衣を着て写真を撮ってみよう
- 協賛企業の物販等
- お菓子つかみ取り
(3)大人のための親善試合
(4)デフリンピック東京2025啓発講話(デフ柔道家の佐藤正樹選手)と練習会
一つ一つのプログラムに独自の魅力があり、興味深い工夫が施されていて興味深かったが(例えば、大人のための親善試合は「秒殺禁止」という独自ルールが設定され、3分の試合の最初の1分間はお互いを理解する時間として設定されている)、本レポートでは「競技柔道」から「生涯柔道」への移行という点に絞ってみていきたい。
課題
改めて課題を確認しておこう。日本の柔道(やスポーツ全体)が抱える課題の一つが、中学校、高校、大学など学校で柔道部に所属した子供達の多くが、学校を卒業したら柔道をやめることである。通常、子供達は学校で競技柔道に取り組む。そして学校を卒業すると同時に「現役(の競技選手)」を「引退」して柔道をやめる。子供達が生涯柔道に取り組み、大人になっても末永く「豊かな柔道ライフ」を送るようなことは少ない。
ここに大きな課題があることは全日本柔道連盟も認識しており、2023年に策定した長期育成指針には、目指す方向性として「4. 柔道実践者が生涯にわたって円滑に活動が継続できるようにするための支援」が掲げられ、具体的には以下のような取り組みを行うことが掲げられている。
- 地域,学校,および企業等の道場間の空間的連携を推進する.そして幼児期,小学校期,中学校期,高校期,大学期,および社会人期の連続的な活動を可能にする時間的連携も推進する.さらに柔道以外の他のスポーツ競技との連携によって柔道の新規の価値創成を模索する.これらを実現するために全国的なネットワーク構築を主導し,柔道を通した学びを目的に応じて選択・継続できるシステムを開発する.
このような方針に基づき、「ステージ 4 15~17歳」は、「高校期の生徒が,ハイパフォーマンススポーツを目指すか,あるいは楽しみや健康,および社会的側面からスポーツ活動を続けるかについて,自分の興味や能力を最大化・最適化させるパスウェイを選ぶことができるステージである」と位置付けられている。
しかし、実際のところ、高校期の生徒について、競技柔道(ハイパフォーマンススポーツ)を目指すか、生涯柔道(楽しみや健康,および社会的側面からスポーツ活動)を目指すか、選ぶことができるという実態はあるだろうか。多くの子供達は、生涯柔道とは何かを知らず、生涯柔道という選択があることも知らず、学校卒業とともに柔道から離れていくのが一般的だろう。
解決策
この課題に解決の糸口を提示したのが「JUDO EXPO宇都宮2024」である。ではどのように取り組んだのか。構造はシンプルである。
まず、「競技柔道」に取り組む中学生らがイベントに来るよう講演、合同練習会を用意する。
次に、「生涯柔道」に取り組む「大人」がイベントに来るよう、大人の大会を用意する。
これによって「競技柔道」に取り組む子供と「生涯柔道」に取り組む大人が同じ会場に集った。そこで、①「競技柔道」に取り組む中学生らが、「生涯柔道」に取り組む大人と練習会(乱取り)などを通じて交流する機会を設け、また、②「生涯柔道」を学ぶ機会として、様々な体験講座、柔道の多様な価値を学ぶブースを用意する。
参加した子供の視点から考えると、まず、大人が楽しそうに試合をしている様子を見ることになる。このような経験はあるようでなかなかないのではないだろうか。一つのクラブ内ではそのクラブに所属する大人が集まって稽古する様子を目にすることはあっても、異なるクラブに所属する大人が一同に集まっている様子を目にすることなかなかない。
そして、練習会で子供たちは大人と一緒に練習をする。大人と子供たちの乱取りが数多く行われたが、主催者から大人に対して「いい受」をするよう説明があり、子供達が様々な大人と乱取りをして、大人を投げる、というシーンも数多く見られた。そして、子供たちは「柔の形」「柔道けんこう体操」等の体験講座、「デフリンピック」「ワーキングホリデー柔道」「ID柔道」などのブース展示を通じて、柔道には競技以外にも様々な魅力があることを知る。
このような機会を通じて、「競技柔道」に取り組む中学生らは、「自分が学校を卒業して大人になっても、柔道を楽しむことができるんだ」ということを実感したのではないだろうか。
参加者の感想
そのような様子は参加者のアンケートからも見ることができた。
- 今までは柔道は強さを求める武道だという印象でした。イベント後は柔道を介しての繋がりや様々な年代や能力の方々の可能性を導く武道だという印象に変化しました。
- 中学、高校、大学と勝たなきゃいけない試合ばかりで負けたら怒られる恐怖と闘っていました。しかしこのイベントに参加させていただいた際、柔道競技の楽しさをより一層実感し凄く良い経験になりました。
- 柔道は強くなり、勝ちを目指すという考えでやっていた。今回のイベントを通して、柔道の在り方について考えた。
- 試合は勝たないとダメだと思ってたけど今までで一番楽しく試合ができてよかった。
- 試合では負けてしまって悔しかったですが、こんなに楽しく試合が出来たのは初めてです。改めて柔道の楽しさを知る機会となりました。
- 柔道は現役アスリートだけのものというイメージが強かったが、年齢や環境に合わせた楽しみ方がたくさんあるんだと感じた。
これらの感想には、「競技柔道」の魅力を知っていた人が、それにプラスして「生涯柔道」としての魅力を知ったこと、この認識の変化・拡大が表現されているように見える。
最後に
以上、「競技柔道」を「引退」すると柔道をやめていく青少年に対して、「生涯柔道」を楽しむ大人と交流する機会を作ることで、柔道をやめずに長く楽しむようになってもらうきっかけを提供したイベントについて解説した。競技柔道を引退すると柔道をやめる、という現象は全国的なものである。もしこのJUDO EXPO宇都宮2024のような機会が各地で用意されていたら、柔道を続ける青少年は増えるのではないだろうか。
「なぜ子供たちは競技柔道から生涯柔道へ移行ができず、柔道をやめてしまうのか?」
JUDO EXPO宇都宮2024に参加した経験から考えると、「競技柔道」に取り組む子供たちが「生涯柔道」に取り組む大人たちと交流する機会が用意されていないから。
参加者の感想にあるように、「試合は勝たないとダメだと思ってたけど今までで一番楽しく試合ができてよかった」「今までは柔道は強さを求める武道だという印象でした。イベント後は柔道を介しての繋がりや様々な年代や能力の方々の可能性を導く武道だという印象に変化しました」というような認識の変化・拡大を促す体験が用意されていないから、というのが暫定の回答となる。
実際にこのような効果があるか否かはさらなる検証が必要であるが、本イベントが生涯柔道の普及に取り組む人々に示唆を与えるイベントであったことは確かだろう(文責:judo3.0酒井)。