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発達障害のある子どもが輝く柔道の可能性

島根県立大学保育教育学科 准教授 西村健一

日本での柔道は障害がある子どもにとってハードルが高い

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、スポーツ界は盛り上がりを見せている。柔道も同様であり、強い選手やメダルを狙える選手にスポットライトが当たることも多い。一方で、近年では福祉や療育の分野における柔道の可能性を探る動きも出ている。例えば、スペシャルオリンピックス日本における柔道は確実に広がりを見せている。

最近、興味深い論文を読んだ。知的障害の生徒が経験したことのあるスポーツランキングに関するものである。野球やサッカー、バスケットボール、柔道など20種類のスポーツ・競技が並んでいた。さて、柔道は何位であろうか。

結果は、1位がバスケットボール、2位が水泳、3位がボウリングであり、柔道は最下位の20位であった。つまり、現在のところ柔道は障害がある子どもにとってハードルが高く、決して取り組みやすい競技ではないということになる(※1)。

日本の柔道は、“強い”“早い”などが注目されやすい競技である。また、日本の柔道指導者は、私も含めて自分の経験や知識を元に教えていることが多く、系統だった指導ができていないこともある。

一方、ヨーロッパでは障害のある人の柔道イベントが定期的に開かれており、障害者の受け入れも幅広いと聞く。フランスの柔道指導者は、公式の柔道指導者ライセンスを持ちながら様々な子供の指導をしているそうである。

今後、我が国の柔道指導者にも、自分の経験や知識に加えて、どの子にも教えられる指導技術の習得が求められてくるだろう。それとともに、日本でも“強い”“早い”だけでなく、“楽しい”“正確”など様々な価値観を柔道に見いだしていく必要があると考えている。

技を仕掛けるまでの体の使い方が分からない

それにしても、障害がある子どもにとって、柔道を取り組みにくくしている原因は何であろうか。

発達障害者に直接調査を行ったある論文によると、「柔道で相手と組み合って技を仕掛けるまでの体の使い方がわからないので、どう動いたらいいか教えてほしい」があったそうである(※2)。以前、私も乱取りや試合会場で「技をかけろ」「攻めろ」という指導をしていた。しかし、技に入るためには、相手と自分の距離や角度、持ち手やタイミングの取り方などを調整する必要がある。よほど力の差がない限り、いきなり技には入ることができないのである。

しかし、柔道自体を楽しめていない子供に、技に入る前の動きや「つくり」を丁寧に教えていただろうかと反省中である。そもそも、技に入る動きやタイミングは自然と身についていたことも多く、言葉にして伝えることは難しいのかもしれない。それでも「技を仕掛けるまでの体の使い方」は、発達障害がある子どもへ教えるときに大切な点の一つかもしれない。

発達性協調運動障害(DCD):体の不器用さが、友人関係や学業面にも悪影響を及ぼす可能性

最近、発達障害の中でも「発達性協調運動障害(DCD)」が注目されるようになってきた。

「発達性協調運動障害」の子どもは、分かりやすく言うと「同年代の子どもに比べて、とても不器用な子」である。柔道場においては、何度教えても帯が結べない、もしくは縦結びになる子。引き手と釣り手が同じように動いて、正しく技に入れない子。内股などの片足になる技や、背負い投げなど複数の動きがある技の習得が極めて難しい子などが挙げられるだろう。また、「発達性協調運動障害」のある子どもは、時に「息が上がりやすい」「試合などでは、指導者の声を聞けない」などの姿を見せることもある。

この「発達性協調運動障害」は、すべての子どもの6%~8%に見られるという。そして、「発達性協調運動障害」は自然と改善することは期待しにくく、成長するにつれて運動面だけでなく友人関係や学業面にも悪影響を及ぼす可能性が指摘されている。なぜならば、子どもは運動を通じて友情を育んだり社会性を身につけたりするからであり、運動が苦手な子どもは運動自体を避けるようになるからである。

「柔道あそび」で「発達性協調運動障害(DCD)」を改善する未来へ

その一方で、「発達性協調運動障害」は、幼少期に適切な指導を受けることで消失したり軽減したりすることも明らかになってきている。最近では「発達性協調運動障害」を改善させるための研究も進みつつあるが、今後「発達性協調運動障害」の改善のため適切な指導法になり得るのが、「柔道あそび」ではないかと筆者は考えている。

柔道は柔らかい畳の上で安全を確保しながら、大人も子どももダイナミックな動きができる。楽しい雰囲気の中で、どの子も結果を気にせずに体を動かしていく。その中で、手をたたきながらジャンプをしたり、友達と手をつなぎながら走ったりすることで、複数の動きを調整する(協調する)経験を積んでいくことが大切なのである。

柔道あそびで相手と組みあうことを通して、対人関係やコミュニケーションを促進することも可能であろう。柔道遊びには、「発達性協調運動障害」の改善につながる要素が満載ではないだろうか。

東京オリンピック・パラリンピックで柔道競技が注目される今は、「柔道競技力の向上」に加えて、「柔道と発達障害の可能性」を世界に発信できるチャンスでもある。障害の有無にかかわらず、どの子も笑顔になれる柔道が実現できたならば、嘉納治五郎先生も微笑んでくれるのではないだろうか。

※1 知的障害特別支援学校高等部生徒におけるスポーツ活動経験と属性変数との関連(2012) 奥住秀之 他 Asian journal of human services 2, 21-28, 2012-04.
※2 発達障害の本人調査からみた発達障害者が有するスポーツの困難・ニーズ(2010) 山下揺介 他 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系 61(1), 319-357, 2010-02.

西村健一

(にしむら けんいち)島根県在住。 職業は大学准教授(保育教育)。 趣味は釣りと筋肉トレーニング。柔道参段。得意技は、小内刈りと一本背負投。発達障害の子どもたちと柔道を通じて関わる時間が至福の時。好きな食べ物はカレーライス(甘口)。

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