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グローバルな教育とは英語より体育でないだろうか。

NPO法人judo3.0が活動を始めて4年以上が経過しましたが、私たちが目指している教育について少しふれてみたいと思います。

グローバル教育=英語、ではなく、グローバル教育=体育、へ

国内では2020年の教育改革があり、グローバルな社会に対応した教育づくりが進んでいます。一般的に、グローバルな教育というと、英語を勉強しよう、というように、言語の習得に話題が行きがちですが、まず子どもたちに必要なことは、異なる文化をもつ人々と人間関係をつくること、それができる教育環境をつくることだと考えています。
では、母国語が伝わらない環境で、短時間で相手と人間関係を作ることができる教育とは何でしょうか。算数や理科の授業を一緒に受けることだという人は少ないと思いますが、このように考えると、言語によらないコミュニケーション、とくに運動やスポーツを一緒にすることの効果が際立ってきます。

グローバル化が進み、国を超えて移動する人々が増えて、その分、様々な対立が増えているいるなか、私たちは、地球上の人々が共生することを学ぶ教育をこれからどうやってつくるのか、という問いに直面していると思うのですが、私たちの答えは、体育で、です。

とてもシンプルでイメージしやすいと思うのですが。

初等教育、中等教育の時期に世界中のいろんな人と一緒に運動すること。

いろいろな運動やスポーツがあり、それぞれ魅力があると思いますが、私たちはそれぞれの地域にある柔道クラブに可能性を見出し、日本の子どもたちが海外にいく、そして、海外の子どもたちが日本に来る、ということをサポートしています。最近は「日本柔道キャンプスポット」を紹介できるよう整え、海外の指導者に案合しています。

日本柔道キャンプスポット

北海道下川町
北海道標茶町
宮城県女川町
神奈川県横浜市
埼玉県寄居町
静岡県御前崎市
愛知県高浜市
愛知県江南市
三重県津市
福井県鯖江市
滋賀県長浜市
和歌山県和歌山市
兵庫県丹波篠山市
広島県福山市
広島県東広島市
山口県宇部市
島根県江津市
愛媛県今治市
愛媛県四国中央市

新しい仕組みが必要

運動を競技ではなく、非言語のコミュニケーションとして活用するという発想ですが、国際スポーツ交流の素晴らしさは多くの人が知っていることで、私たちの活動は新しいものではありません。ただ、これから必要なことはその量を増やすことであり、量を増やすためには、それを担うシステムを新しくつくる必要があると考えています。

非常に大雑把にいうと、既存の競技スポーツは、「競う」というコンセプトのもと、大会の運営を中心に設計されています。地域の一番を決めて、国の一番を決めて、世界の一番を決める、という地元でもテレビでも見慣れた光景は、たくさんの組織化された人々の努力のうえに成り立っています。もし新しいスポーツを思いついたとして、ゼロから47都道府県すべてで大会が開催しようとしたら、一体どれだけの労力や人の協力、時間、お金を必要とするのか、想像もつきません。

さらに、地域、国、世界とそれぞれの舞台で「競う」から生まれるドラマがあるからこそ、多くの人を惹きつけ、会場の観客、メディアの視聴者、スポンサーとなる企業などがそのスポーツを応援し、継続的できるようになっています。

したがって、国際スポーツ交流はこの仕組みにとってメインの活動ではなく、余力があったらできるような活動であるため、数は増えません。したがって、既存の仕組みとは別に、運動を非言語コミュニケーションとして活用できるためのシステム、人が移動して運動ができる環境をつくるシステムを新しく作る必要があると思うのです。

さて、この「人が移動して運動ができる環境をつくるシステム」にはどのようなものがあるでしょうか。

私たちが考える最もインパクトがある仕組みは、かなり発想が飛躍するかもしれませんが、例えば、大学4年間のうちに世界7都市に滞在してインターンシップをするアメリカのミネルバ大学や、高校の授業をネットで行う日本のN高校のような、知育をネットで行う学校ではないか、と捉えています。

IT教育の登場で、子どもは受業を受けるために学校に行く必要性が減りました。知育は移動しながら学ぶことができるようになったのです。例えば、フィギアスケートの紀平選手はN高校の生徒だそうで、世界各地で大会や練習をしながら、ネットで高校の授業を学んでいるそうです。

そこで、私たちは、世界各地の柔道クラブを巡り、様々な人々と柔道をして人間関係を築きながら、その現地でしか学ぶことができない体験学習をして、ネットで学ぶほうが効果的なネットで学ぶ、ということを可能にする学校の設立を目指しています。

もしこういう学校ができたら、運動を非言語コミュニケーションとして活用できるためのシステム、人が移動して運動ができる環境をつくるシステムが一つできたといえるのではないかと思っています。

医療・福祉としての体育

さて、グローバルな教育として体育を中核とした教育というアイデアを書きましたが、もう一つは、医療や福祉としての体育に大きな可能性を感じています。

運動不足病ともいわれる生活習慣病で国民の約60%が亡くなる現状、うつなどの精神疾患が急増している現状、は、広い意味での体育が十分に機能していない、と言えるのではないか、と思います。文明が発展するにしたがって、人口が増え、運動不足が増え、慢性疾患が増える、という構造的な問題のようですが、最近の脳の研究は、運動が様々な疾患に対して薬と同じような効果がある、ということを明らかにしています。

医療制度ができ、だれでも、病気になったら、薬をもらえるようになりましたが、これからの挑戦は、誰でも、薬としての運動がもらえるようなシステムをつくることではないでしょうか。以前、厚労省の医療のビジョン「保険医療2035」が発表されましたが、こういった運動や体育を最大限に活用した予防医療という構想はあまり見受けられません。生涯スポーツの普及の取り組みは昔から行われていることだと思いますが、医療や福祉として再構築しよう、という視点で議論をしていくと、未来の体育や教育のカタチが見えてくるのではないかと思っております。

私たちが特に注目しているのは発達障害です。近年注目を集めているのは、多くの発達障害の可能性のある子どもたちが「身体の不器用さ」を抱えていること(「発達性協調運動障害」)。そんなこどもたちが、地域の柔道クラブでイキイキと運動ができるようになったら、と思い、発達障害と柔道指導に関するワークショップを始めています(昨年度は神戸で実施しましたが、今年度は全国9か所で開催)。地域の柔道クラブが発達凸凹の子どもたちの療育機関としての機能を一部もつようになる、そんな未来を想い描いて活動をしています。

発達障害のほか、生活習慣病、うつや不安障害などの精神疾患、不登校や引きこもりなど、医療的福祉的支援を必要とする人々は万能薬のような効果を持つ運動を必要としています。その運動を届けることができる機関として柔道クラブが進化していくことを願っています。

未来の教育に必要なこと、それにどのように柔道教育が関係するのか、そんなことをつらつらと書いてみました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

酒井重義

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