嘉納治五郎の柔道と教育36 これからの日本からみた柔道(1)

これまで新しい仕組みの必要性について、「柔道」「教育」という観点からみてきたが、今回は「日本」という観点から、すなわち、わたしたちの国、日本が末永く繁栄するためにはどうしたらいいだろうか、という点からみていきたい。

嘉納は名実ともに当時の日本を担うエリートであるが、その嘉納が日本の興隆のためにとった方法とはどのようなものなのだろうか。

日本国民に対する教育

ここでは大別して二つあげるが、まず一つ目は、日本国民に対し、良質な教育を提供することである。

「教育のいかんによって政治はよくも悪しきもなり、産業もまたあるいは衰え、あるいは発達するものである」と考える嘉納にとって、教育はあらゆるものの基礎である。したがって、嘉納は教育に力を尽くすことによって日本の興隆を企図した。

嘉納が教育者であり、教育のなかでも徳育としての体育に力を入れたことは既に何度もふれた。

※参考:教育者第2回 三つ児の魂百まで – 勇者出処 ~嘉納治五郎の柔道と教育~、徳育としての体育第12回 本当に耳にタコができるぐらいお話をされていました。 – 勇者出処 ~嘉納治五郎の柔道と教育~など

ここでのポイントは、柔道は、日本の興隆を企図して創られたということ、すなわち、嘉納には、柔術に内在する高度な教育システムをあまねく国民に提供し、これによって日本に繁栄をもたすという明確な目的があったという点である。

例えば、世界的に高い評価を受けている日本の「ものづくり」、これが成り立つのは根底に工夫に工夫を重ねる精神が存在するからであるが、この精神はどのようにして育まれたのだろうか。

この点、教育学者の齋藤孝氏は、嘉納が武道によってこの工夫する精神を「日本人の身体に染み込ませようとした」ことを指摘する(斎藤孝「代表的日本人」83~85頁)。

考えてみれば、日本という国がNHKの番組「プロジェクトX」に代表されるさまざまな工夫を成功させたのは、ほとんどすべてが「精力の最善活用」によっています。たとえばウォシュレットを見ても、あんなに細かく工夫し、新製品をつくり続けているのは日本らしい。工夫しすぎるほど工夫していて、もうこれ以上、工夫するところはないと思えるほどです。

そうした営みの中に、日本という遺伝子が詰まっていると思います。本当に、よくこの人的エネルギーを結集してここまで来たものだと感心するほかありません。

それは文化的遺伝子というほかなく、長い歴史をかけて人々がつくり、確立してきたものです。治五郎はそれを、武道という形で明治の日本人の身体に染み込ませようとしたわけです。

遠大な目的意識なしには生まれようのない発想です。そのことをもって、彼は「志」と言っています。彼は、日本人全部が「志」を持たなければいけないと強く主張しました。

(斎藤孝「代表的日本人」83~85頁)

戦後日本の発展の源泉

戦後日本の発展に柔道がどの程度貢献したのか、ここでは検証できないが、重要な点は、柔道は、諸外国の指導者から、日本の驚異的な発展の原動力として認識された、すなわち、柔道にもって国の興隆を図るという嘉納の方法は、実際に有効な方法であると認識されたという点にある。

例えば、東海大学の創設者であり国際柔道連盟の会長も務めた松前重義氏がヨーロッパの指導者と会った際、彼らは次のように話していたという。

とにかく我々は日本が終戦後二十年にして、あれだけの経済成長を成し遂げた、そのバイタリティの原動力はどこにあるのか研究した。その結果、やはり武道だ。武道そのものより、武道精神によって立ち上がったんだ。したがって、どこの国でも奨励しているんだ。

(「松前重義その国際活動」編纂委員会 「松前重義 その国際活動Ⅱ」305~306頁)

同様に、元日本商工会議所会頭の永野重雄氏は、米国が「武道」に着目していた点を指摘する。

永野)これからこの間、アメリカのフォード大統領が来日した時、大統領は日本が用意したプランに対して、武道館を見たいと言った。その気持ちが我々には嬉しいんだな。武道人の一人として・・・・。日本が世界に向かって驚異的な発展をした秘密は何にあるのか関心を持っているんですよ。そうして日本人が気づかなかった武道に着眼しているんだ。

(中略)

松前)フォード大統領が、文楽を拒否して武道館を見にきたというのは、やはりアメリカ自体もヨーロッパと同じように、戦後の日本の復興のバイタリティの根源は大体ここにあるんじゃないかと見ていることがわかりますね。外務省や政府の役人は、世界が日本に対して何を求めているかということを知りませんね。

(「松前重義 その国際活動Ⅱ」305~306頁)

人を投げるという技術そのものが日本の復興に役立つことは少ない。諸外国の指導者が着目したものは、武道に含まれた精神的な要素、つまり、武道の稽古をしているうちに何らかの高度な精神性が人に宿るという、その日本の独自の教育システムである。

平成23年3月11日以降、「復興」が日本の国民的テーマとなったが、一部のマニアのみが学んだ柔術を万人が学べるよう改良し、あまねく国民に柔道を提供することによって豊かな国を創ろうした嘉納の志は、日本が「復興」に至る一つの道を鮮やかに描いているのではないだろうか。

オリンピックに日本を参加させ、日本国民の体育を振興しようとした嘉納は、日本体育協会を設立したが、その設立趣意書で次のようにいう。

国の盛衰は、国民の精神が充実しているか否かによる。

国民の精神の充実度は国民の体力に大きく関係する。

そして、国民の体力は国民一人ひとり及び関係する機関・団体等が体育(スポーツ)に関して、その重要性をどのように認識しているかによる。

(出典:「日本体育協会の創立とストックホルムオリンピック大会予選会開催に関する趣意書」404

柔道を海外に普及させた理由

さて、日本の繁栄のために嘉納がとった二つ目の方法、柔道の海外普及についてみていきたい。

ポイントは、日本の繁栄を企図した嘉納が、日本繁栄の源泉である教育システム「柔道」を、一体何故わざわざ海外に弘めようとしたのか、という点にある。

講道館館長である嘉納は、柔道を門外不出とし、外国に普及させないという選択肢を選ぶこともできたと思われるが、横山作次郎の米国派遣(セオドア・ルーズベルト大統領にも指導したという。)を筆頭に海外に指導者を送り、また、海外の柔道家と連携をとり、柔道の普及に努めた。それは一体、何故だろうか。

思うに、ポイントは、嘉納のいう「人を助け人に福を与えてこそ己にもよいことが戻ってくる」という点にある。

今日世界の実際を見るに、人々は如何に不必要な争闘をして互いに力の削り合いをしているのであるか。人を害し人に禍をなすことはあたかも天に向かって唾するようなもので、やがてその禍は己に戻って来るのである。人を助け人に福を与えてこそ己にもよいことが戻ってくるのである。この簡単なる理屈が分からず、人は絶えず衝突し、争闘しているのである。

(嘉納・著作集2巻118頁)

つまり、日本を豊かにするためには、他国を豊かにすることが必要なのであり、逆にいうと、他国の豊かさに貢献することができない国は豊かになることはできない、さらに言えば、他国の繁栄に貢献できない国は自国の存続も危ぶまれる、という認識である。

だからこそ、嘉納は「今まで日本は世界から種々の事を学んできた。日本も何かを世界に教えなければならぬ(加藤仁平・嘉納治五郎212頁)」「・・我より彼らに教えるものがなければ、甚だ肩身が狭いのみならず、逆に軽侮を受けることをも免れ難い。それでわれはかれらに何を教え得るかというに、柔道をおいて外に何があるだろうか(嘉納・著作集_巻109~110頁)」と考え、国を豊かにする教育システム「柔道」を他国に普及したのである。

当時、日本に繁栄をもたらそうと奮闘した人々の大部分は、西欧諸国に行き、彼の地の文明を日本に取り入れようとした。この西洋文明をひたすら輸入した時代にあって、嘉納は、日本から世界に提供するものがなければ、長期的にみて日本を豊かにすることはできないと考えたのである。

この点は、これからの日本のあり方を考える上で重要なポイントであると思われるので、もう少し詳しくみていきたい。

「黄金律」

嘉納の子である嘉納履正氏(講道館3代目館長)は「私の見た父の一番尊ぶべき点は「世のため人のために尽くしたい」という純乎たる志であったといいたい。」というが、その嘉納がこれからを生きる子供たちに最も伝えたかったこと、彼ら彼女らを教育するうえで最も大切にしたとは何か。

「おのれ自身の我儘を抑えて他のために尽くし得る力を養うということ」である。

まず、塾が創立以来、今日に至るまで一貫した精神とは何であるかというに、これは、おのれ自身の我儘を抑えて他のために尽くし得る力を養うということである。

(中略)

真の人道なるものは、互譲ということにある。毎年元旦式の席上でいうように、おのれが十のものを与えて三か四をとるようにしろということである。お互いにこういうふうにして、余分のものはこれを平和的に分ったならば何らの争いもなく、至極平和であってかつ幸福であることができる。世の中の事もかくのごとくしてやるべきものであろう。そうしたならば、余計なことに頭を悩ますこともなくて、まことに楽である(嘉納・大系5巻52~57頁)。

※参考:第8回 おのれ自身の我儘を抑えて他のために尽くし得る力を養う。 – 勇者出処 ~嘉納治五郎の柔道と教育~

「おのれ自身の我儘を抑えて他のために尽くし得る力」は「精力善用・自他共栄」の原理に従って生きる力と本質的に同義であるが、要は、嘉納は、人も国家も「おのれ自身の我儘を抑えて他のために尽くす」ことができれば、その人自身、その国家自身が繁栄すると言っているのである。

なぜなら、「人を助け人に福を与えてこそ己にもよいことが戻ってくる」のであり、「人を害し人に禍をなすことはあたかも天に向かって唾するようなもので、やがてその禍は己に戻って来る」からである。

これを一般的な表現で言い換えるならば、嘉納の思想の核心は、「自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい(新約聖書・マタイによる福音書)」という、いわゆる「黄金律」にある。

豊かになりたいと思った場合、他人よりも自分が、自分が、と頑張っても豊かになることは難しい。自らが豊かになりたいと思うならば、なによりもまず他人を豊かにするように頑張る。そうすると(何故か)自分が豊かになる。

嘉納のみならず種々の賢人が話す内容であるが、しかし、多くの人々はこのメカニズムが分からない。

「この簡単なる理屈が分からず、人は絶えず衝突し、争闘しているのである。」

講道館文化会の設立

だからこそ嘉納は、真の柔道を世界に弘めようと講道館文化会を設立し、「人類の共栄を図らんことを期(講道館文化会宣言)」した。

すなわち、嘉納は、第一次大戦が終わった直後の欧米を訪問し、様々な指導者と会談しながら日本の行く末を探ったが、このとき、日本はこのままいくと取り返しのつかない事態に陥るという予見をいだく。

なぜなら、世界の情勢を鑑みると「国々互に融和提携しなければ独立を維持することが困難(講道館文化会設立趣旨)」となり「進んで広く世界に友邦を得ることに努めなければ、国家の隆昌を期することが出来(講道館文化会設立趣旨)」ないにも関わらず、日本や世界がそのような方向に向かっているとは到底考えられなかったからである。

嘉納はいう。

昔は、他国を害しても自国を利しよう、自国の力を充実して機会さえあれば他国を侵そうというような態度をもって国々が相対していたのであるが、今後はだんだんそういうことは許されなくなった。もし、ある一国がそういう態度をもって他国に臨むならば世界の諸国は結束してそういう国を亡ぼしてしまうであろう

(嘉納・著作集第1巻129頁)。

そこで、嘉納は、講道館文化会を設立し、人々の、そして国々の融和提携を可能とする、精力善用・自他共栄という真の柔道の普及によって、日本と世界を救おうとした。

※参考:第4回 将来臍を噛んでも取返しのつかぬようなことに立至る。 – 勇者出処 ~嘉納治五郎の柔道と教育~

「ソフトパワー」

さて、「黄金律」による富国や「真の柔道の普及によって日本と世界を救う」など「現実離れ」したかのような話に聞こえるかもしれない。そもそも、他国の教育システムの改善を図ることで自国の繁栄を企図したという嘉納の行動は、本当にそのメカニズムどおり、自国の繁栄につながるのだろうか。

すなわち、このような血で血を洗うような争いを繰り広げている国際社会において、「自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい」や「自他共栄」などという「甘ったるい」方針に基づき、他国の教育システムをより優れたものに改善したら、「正直者はバカをみる」がごとく不運な目に合うのではないだだろうか。

この点、「現実的」に嘉納を理解するうえで参考になるものは、米国クリントン政権で国防次官補などを務めた、ハーバード大学政治学教授のジョゼフ・ナイ氏が提唱する「ソフトパワー」である。

ナイ氏は、「力」とは自分が望む結果になるように他人の行動を変える能力であるとし、「力」には、軍事力、経済力という強制や報酬によって他人の行動を変える「ハードパワー」のほか、説得や魅力によって他人の行動を変える「ソフトパワー」があり、その両方のパワーを賢く組み合わせて使う「スマート・パワー」が重要であると提唱する。

例えば、2003年のイラク戦争の際、トルコの議会や国民の間でアメリカが不人気であったことから、トルコ政府はアメリカ軍に国土の通行許可を出せなかった。

米国のイラク政策について、ニュート・ギングリッチ元下院議長は「ほんとうのカギは何人の敵を殺したかではない。本当のカギはどれだけ味方を増やせたかだ。この重要な基準をブッシュ政権は理解できていないのだ。」と語ったが(ジョゼフ・ナイ「ソフトパワー」10頁)、つまり、「ソフトパワー」とは味方を増やす力である。

ナイは、国のソフトパワーの源泉として、(a)他国が魅力を感じる文化、(b)実際にそれに沿った行動をとっている場合の普遍的な政治的価値観(自由や人権、民主主義など)、(c)他国から正当で倫理的に正しいとされている外交政策などを挙げる。

例えば、米国のソフトパワーの源泉となる文化として、ハリウッド映画とハーバード大学をはじめとする著名大学がある。

これらについて、フランスの元外相は、アメリカが強力なのは「映画とテレビによって世界の映像文化を支配しているため、他国の人々の夢や希望に影響を与えているからであり、同じ理由で世界各国の大量の学生が勉強の仕上げをしようとアメリカに集まってくるからだ」と嘆き(「ソフトパワー」30頁)、また、コリン・パウエル国務長官は「アメリカ国内で教育を受けている将来の世界の指導者との友情ほど、アメリカにとって価値の高いものは思いつかない」(81頁)という。

嘉納の「ソフトパワー」づくり

さて、この「ソフトパワー」というコンセプトをもとにみると、つまるところ、嘉納とは、「富国強兵」という「ハードパワー」獲得のために国を挙げて近代化・西洋化をしている時代において、「ソフトパワー」の重要性にいち早く気づき、「ハードパワー」だけでは日本の存続と繁栄を図ることはできない、「ハードパワー」と「ソフトパワー」を賢く組み合わせる「スマート・パワー」が必要があるとして、特に、他国が魅力を感じる日本文化「柔道」を普及させることによって、日本の「ソフトパワー」づくりを行った人物であるといえるだろう。

教育学者の斎藤孝氏は次のように指摘する。

・・とにかく治五郎は近代史における日本の位置、世界の中での日本の立場を考え、「日本人ここにあり」ということを示すために柔道に着目したのでした。その着眼点は優れていたといえるでしょう。

なぜなら現在、柔道は世界中に知られていて、それが日本の伝統的な競技だというのはあまりに有名です。ほかに空手人口も世界的に見て多いですし、合気道もそうです。つまり「武」というものが、日本の文化的輸出品の中で大きなものになっているのです。

残念ながら日本人は、「武」が日本文化の中の最大の輸出品目であるという自覚をあまり持っていません。

しかし世界の人々は、日本を肯定的に評価する見方のひとつに、日本の「武」の精神を通じた人間形成の文化を挙げています。そしてそれに参加したいという外国人はたくさんいます。黒帯を締めて「武」の心を追求したいという外国人は跡を絶ちません。

たとえ日本の経済がどう崩れたとしても、「武」の精神を文化として世界に輸出した国であるという評価は残るはずです。ですから私たち自身が、「日本」という国の価値をたんに経済国家ということだけに置いてはいけないのです。

「武」は野蛮なものどころか、非常に高い文化を内包していて、人間形成の大きな軸になるものだということを世界中に広めた治五郎の功績は、計り知れないと言わなければなりません。

(斎藤孝「代表的日本人」79~80頁)

大小約200か国がひしめく国際社会の中で、日本が生き残り、そして繁栄していくためにはどうしたらいいか。

「ほんとうのカギは何人の敵を殺したかではない。本当のカギはどれだけ味方を増やせたかだ。」

嘉納はこのことを理解していた。だからこそ「・・我より彼らに教えるものがなければ、甚だ肩身が狭いのみならず、逆に軽侮を受けることをも免れ難い」として、日本が世界に教えることができるものが何かないだろうか、と考え、柔道に着目したのである。

米国の大学で学んだ外国の学生が将来、それぞれの母国で米国の味方として影響力を発揮するように、日本もまた、他国の人々が学びたいと思えるようなものを提供できれば、彼ら彼女らが、将来、陰に陽に日本の味方になってくれる。

嘉納はいう。

今日世界に広く学ばれている日本文化というものは美術と柔道の外にない。

而してこの美術は、欧米の人は自身に優秀な美術をもっていて、ただ異なったところのあるところから、研究するものであって、柔道のように彼にないものをはじめて学ぶのとは趣を異にしている。

今まで日本は世界から種々の事を学んできた。日本も何かを世界に教えなければならぬ。今後日本が世界に自分の説いているような柔道を教えることになれば、はじめて世界文化の上に寄与することができるのみならず、それらを学んだ団体が中心になって、日本の世界的発展を助けることが出来ようと思う。

(加藤仁平・嘉納治五郎212頁)

柔道の海外普及の留意点

最後に、嘉納が海外に柔道を普及するうえで留意した点にふれておきたい。

それは、サーカスのような見世物としての「術」ではなく、「教育システム」として認知されることである。そのためには、柔道の技術のほか、外国、学問、人格を兼ね備えた指導者が必要であった。

技術はもとより、柔道の教育的な価値を相手が納得するように外国語で説明することができ、かつ指導者として真に尊敬されるような学問・人格を有していなければ、弟子はいずれ離れていき、生活費に困るようになる。そうすると、ついには見世物として柔道を披露し、糊口をしのぐようになる。

こうなっては、本来の柔道の効果が発揮されないことはもとより、「ソフトパワー」としても力にならない。これが嘉納が懸念した点であった。

嘉納はいう。

過般タゴール翁が日本に来た際も、日本の文化を印度に輸入して、印度の文化を進めていきたいという考えで、柔道講師の招聘をもくろみ、その相談を講道館にしてきた。そこで高垣五段を推せんすることにした。先般もエジプトで、ルーマニアにならって柔道をはじめたいというのでフランスにいる安達大使に交渉してきた結果石黒六段が行くことになった。そういう風に、今後柔道の世界的進出は大いに期待し得られるのである。

私の計画では技術に加えるに学問と人格とを備えた柔道家を多数造り、相当の資金を持たせて欧州の大都会に派遣して世間の人のいうような単純な武術ではなく、講道館が説くところの柔道を教えたいと思っている。

言葉もでき、技術においても容易に追いつかれぬだけの実力を有し、学問と人格とを備えた人が行き、3年なり5年なりは先方から貰う金などをあてにせず、事にあたれるだけの用意があって行くなら、必ず信用を得、おいおい多数の有力な弟子ができ、ついには強固な基本をつくり、各国における柔道修行の源泉ともなり得るであろう。

そういうところに集まって来た人びとは、いきおい、皆日本を理解し、日本人と親しみ、国と国、人と人を結びつける媒介となり、相互の間に有益な結果をもたらすに相違ないと思う。ことに柔道は自他共栄を説くのであるから柔道の教えは、国際間の融和強調をすすめる上で大いに効果のあるものと信ずる

(加藤仁平・嘉納治五郎216頁)

この点、東海大学の橋本敏明教授は、嘉納が、優れた指導者の候補として海軍の将来の駐在武官に着目し、海軍に積極的に普及した点を指摘する。日露戦争で活躍した柔道家の広瀬武夫氏は海軍の駐在武官としてロシアに赴任したが、このように高い知性と人格をもち、いわば外交官として各国の指導者層と交流する駐在武官は、柔道を教育システムとして普及するうえで適任だったのである。

柔道の歴史全体から見ると、ぼくは創始者の嘉納治五郎は、当時の日本ではまれに見る国際人だったと思うんですよ。第一人者ですしね。柔道の嘉納治五郎先生に直に教えてもらった先生の話を聞くと、盛んに海軍に柔道を普及していったということなんです。何故かというと、海軍の武官達は、卒業すると全世界に駐在武官として派遣される。そうすると自ずと柔道が信用ある立場にある人々に理解されるからだというのです。

また嘉納先生ご自身も、英語、フランス語、ドイツ語などが外国人がびっくりするくらい流暢で、ロンドンでは英国人も関心する英語で講演されたという話も伺ったことがあります。柔道を通して日本の国づくりをするというのが、嘉納先生の精神の柱の一つではなかったかと思うんです。ですから、当時の柔道家の方が、我々より語学能力や国際感覚は、はるかに優れていたような気がするんです。(「松前重義 その国際活動Ⅱ」291~292頁)

また、松前重義氏は、当時欧米に留学していた日本の知識人が柔道の普及に大きな役割を果たしたことを指摘する。

真に重要な役割を果たしたのは、かなりの期間にわたって現地に居留し、しかも私などより以上に熱意をもって指導に努めた一群の日本人知識人であった。たとえば先述の北畠教真君などもそのひとりであるが、他にも、のちに国際連盟事務局次長として活躍された外交官の杉村陽太郎氏、のちに東北帝大医学部長になった武藤完雄さんなど、私が知るかぎりでも十指におよぶ。欧米各地にわたってみれば、おそらく数百人はいたにちがいない。

そういう知識人柔道家たちは、外地でおうおうにして見かけるいわゆる一旗組の職業的柔道家たちとはちがい、柔道における合理性を解説しうるだけの近代的知性を有すると同時に、柔道における本質的な精神性や武道性をもその堪能な語学によって正しく伝える能力のある文化人であった。外交や学問その他のそれぞれの分野で国際的水準にある人物ばかりである。

したがって現地での知己関係や交際範囲も有識層、指導層であり、いわば柔道を高次元において理解しうる相手である。そのことによって柔道が、国際的にいかに正当に扱われるようになったかは、はかり知れぬものがある。

私は、ドイツ留学中、しばしばそのような日本の知識人柔道家と相識る機会があり、その人たちが果たした役割の大きさを痛感させられたのであった。

(松前重義「松前重義、我が人生」96~97頁)

一応のまとめ

以上、日本が末永く繁栄するためにはどうしたらいいだろうか、という問いに関し、嘉納が行った二つのことをみた。

一つ目は、日本国民に対し、柔道をはじめとした良質な教育を提供すること、第二に、柔道という魅力的な教育システムを海外に普及することによって日本の「ソフトパワー」をつくりあげることであり、その際、嘉納は見世物的な「術」ではなく「教育システム」として受け入れられるよう苦心した。

次回は、この嘉納の足跡を参考に、これからどうしたらいいか、という点をみていきたい。

※本記事は、2010年8月から酒井重義(judo3.0)によってブログで連載された研究論考「勇者出処~嘉納治五郎の柔道と教育」の再掲です。

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