嘉納治五郎の柔道と教育31 これからの教育からみた柔道(3)

前回みたように、DeSeCoは次のように考えた。

  • 「人生の成功」と「正常に機能する社会」のためには「認知的要素」(知識、情報処理能力等)とともに「非認知的要素」(態度、価値観、モチベーション等)の開発が必要である。
  • 特に、「道具を相互作用的に用いる」「異質な集団の中で交流する」「自律的に活動する」というキー・コンピテンシーには、非認知的要素の開発が必要不可欠である。
  • しかし、現在の教育では「非認知的要素」が開発されていない。
  • したがって、「認知的要素」とともに「非認知的要素」が開発される教育システムに転換しなければならない。
  • このような背景のもと、キー・コンピテンシーの中心(=これからの教育目標の中心)には、「認知的要素」と「非認知的要素」がともに開発され、精神的・道徳的に成熟したことを表す”reflectiveness”をおいた。

それでは、このDeSeCoの方針は、これからの柔道のあり方にどのような示唆を与えるだろうか。

嘉納とDeSeCoの類似性

端的にいうと、この2003年に最終報告を出したDeSeCoの方針は、約120年前の1882年、講道館を設立し、学習院の教師となった嘉納の考えとほとんど同じである。

嘉納もまた「人類の共栄」のためには「非認知的要素」の開発(徳育)が必要であると考え、教育者となり、柔道を作り、その他様々な活動を行ったのである。

嘉納の活動は後ほどみるが、例えば、嘉納は、教師を育成する専門大学を設立し、日本の教師育成システムの改善して効果的な徳育を築こうと奮闘した。このとき、嘉納は、貴族院議員として次のように議会で話している。

然るに今の大学の大体の模様は、唯学問の研究ばかり没頭して、学識を得よう知識を習得しようとしている人が多い。訓育の上、品性の上などについて優れている人はその割に尊ばれていない。

こういう傾向であるから、全国の中等教育は悉く皆知識本位となり、小学校にもそれが伝播している。中等学校、小学校までが予備校のように化けて来たならば、どうして本当の国民教育が出来るか。又どうして本当の国家の中堅となる人間を造ることが出来るか。

教育者は人間を造ることを目的とせねばならぬ。そうして人間を造るに必要な素養、又は精神を養わねばならぬ。それが師範大学というか教育大学というか、高等師範学校を基礎として権威ある教育機関が出来なければならぬという主張のあった所以である(加藤仁平・嘉納治五郎208~209頁)

日本の教育が予備校のように化け、非認知的要素の開発がおなざりになっている現状を批判し、「教育者は人間を造ることを目的とせねばならぬ。」という嘉納の主張は、精神的、道徳的な成熟性(reflectiveness)を教育目標の中心においたDeSeCoとほとんど同じだろう。

以下、DeSeCoを念頭におきながら、嘉納の考えや活動をみて最後に柔道についてふれたい。

嘉納が目指したもの

嘉納は、講道館の門人から次のように評されている。

先生の理想郷は、全世界の人類がいずれも健やかに、各々そのところを得て幸福を味わいうる、仏教でいう極楽の如き世界であった。先生は、酒は禁ずることはいらない。丁度よいだけ、過不足ないだけやればよいのだといわれた。それこそ先生の真の柔道である。先生の伝記を書くものは、単なる柔道の修行法の一部である乱取試合の格闘技の師範と誤記しないよう、無為無心、超然として天地とともにあられた先生の御心持を十分に伝えて、後学万民の良き指導者としてほしい。(加藤仁平・嘉納治五郎・234頁)

この門人が酒についての嘉納の教えに着目しているところが味わい深いが、いずれにせよ、嘉納は「単なる柔道の修行法の一部である乱取試合の格闘技の師範」ではない。

「人類の共栄を図らんことを期す」(講道館文化会の宣言)とし、「全世界の人類がいずれも健やかに、各々そのところを得て幸福を味わいうる、仏教でいう極楽の如き世界」を築き上げようとした人物である。

余談

少々話が脇にそれるが、嘉納が「単なる柔道の修行法の一部である乱取試合の格闘技の師範」ではなく、「極楽の如き世界」を築こうとした人である、このことを認識することは潜在的に大きな効果があるのではないだろうか。

柔道に縁のない一般の人々には知られていないが、嘉納は世界中の無数の柔道関係者から師と仰がれている(嘉納ほど著名な日本人は数少ない)。それでは、その師である嘉納とは一体何者であったのか。

嘉納とは「極楽が如き世界」を築き上げようとし、その道半ばで逝った人である。嘉納を師を仰ぐ者は、意識するか否か別として、自らを嘉納の弟子と認識していることになるが、それでは、師が志半ばで逝ったならば弟子は何をするのだろうか。

本稿が「柔道が教育として十分に機能するためにはどうしたらいいか?」というテーマであるにも関わらず、過去の人物である嘉納に着目する理由は、近年、嘉納に立ち戻ることによって教育を再生させようという試み(柔道ルネッサンス)が行われているように、類稀な原点を柔道がもっているからである。

高等師範学校にて嘉納から直接指導を受けた教育学者の加藤仁平氏は次のようにいう。

先生は人類社会にとっての教育の意義の偉大さと天下の至楽たることとを発見し体現されたのである。そしてその信念によって、私どもを第二、第三の嘉納治五郎たらしめようと精魂をこめて指導していて下さるのである、ということがわかった(加藤仁平・嘉納治五郎259~261頁)

嘉納が何者であったかを知り、自らを志半ばで逝った嘉納の弟子と認識するならば、第二、第三の嘉納治五郎が生まれていく、すなわち、柔道教育の再生は、嘉納とは何者だったかを知ることから始まるのではないだろうか。

徳育

それでは、嘉納はどのようにして「極楽の如き世界」を築き上げようとしたのか。

嘉納が選んだ方法は、政治でもなく、宗教でもなく、経済でもなく、軍事でもない。教育によって、しかも、徳育によってである。嘉納は普通教育における徳育こそ「極楽の如き世界」をつくる方法であると考えた。

嘉納が何故徳育を選んだかについては、本稿第2回第2回 三つ児の魂百まで – 勇者出処 ~嘉納治五郎の柔道と教育~でふれたが、補足すると、徳育によって人が幸せになるメカニズムについて、次のようにいう。

道徳の最も高い域に進んだ人は、おのれの欲することをすれば、それが他人のためにも、社会のためにも国家のためにも人類のためにもなるのである。善いことをすれば満足する。よしや自己の肉体上の満足を図る場合があっても、それが最も高い精神上の満足を得る手段として必要であるからである。

これに反して、道徳上の最も低い位置にあるものは、自己の欲するところは事ごとに他人の利益を衝突し、社会国家人類の福祉と矛盾する。それゆえに、道徳の高い人は、他のためになること、すなわち徳行することが、自身の満足と一致する。道徳の低い人は、もし道徳を行うとか、正しいことをしようと思えば、絶えず苦痛を感ぜざるを得ぬのである。この相違が修養の出発点である(嘉納・体系第9巻157頁)

道徳のレベルが高ければ豊かな生活を送ることができ、道徳のレベルが低ければ、「自己の欲するところは事ごとに他人の利益を衝突」する苦しい生活を送ることになる。そこで、嘉納は、徳育によって万民の道徳のレベルを上げて、「極楽の如き世界」を築こうとしたのである。

(参考)第7回:幸せについて第7回 心の欲するところに従い、矩を踰えず。 – 勇者出処 ~嘉納治五郎の柔道と教育~

これは、DeSeCoが、万民の”flectiveness”のレベルを上げて、「人生の成功」と「正常に機能する社会」を築こうとしたこととほとんど同じだろう。

嘉納の方法

では、嘉納は、どのような方法で道徳、”reflectiveness”のレベルを上げようとしたのだろうか。

まず、嘉納は、OECDがDeSeCoプロジェクト始めたように、教育の成果を適切に定義しなければならないと考えた。そこで、嘉納は40年近くかかって「精力善用・自他共栄」というコンセプトを創りあげた。

それでは、嘉納は、この定義した「成果」を達成するためにどのような方法をとったのだろうか。

嘉納の方法は、大別して二つある。

一つは、徳育を担う優れた教師を育成することである。嘉納は、30歳から60歳弱までおよそ30年、教師を育成する学校(東京高等師範学校)の校長として教師の育成に努め、師範学校設立に奮闘するなど、国の教師育成システムを改善しようと試みた。

フィンランドは、PISA(DeSeCoの定義した教育の成果の一部を測定する)において、トップクラスの成績を取り、優れた教育システムを有すると評価されているが、その最も大きい要因の一つは、同国の教師はすべて大学院において専門教育を受けている点にあるという。もし、嘉納の主張したとおりに師範大学ができていたら、今の日本はもっと違ったものになっていたのではないだろうか。

もう一つが体育である。「嘉納治五郎」を著した教育学者の加藤仁平氏は、次のようにいう。

当時、一般の用語としては、知育・徳育・体育といい、教育学概論などでは、養護・教授・訓練といっていた。嘉納は、その順に反対であった。重要性からいえば、徳育・体育・知育であり、教育の順序からいえば、体育・徳育・知育であると言っていた。この独自の立場に立ったからこそ、講道館柔道の創始者となり師範教育の総帥となり、学校体育の父ともなったのであろう(加藤仁平『嘉納治五郎』154~155頁)。

「重要性からいえば、徳育・体育・知育」、「教育の順序からいえば、体育・徳育・知育」という「独自の立場」、つまり「徳育としての体育」こそ嘉納の第三の方法である。

嘉納は、「徳育としての体育」を万人に提供し万人の道徳、reflectivenessのレベルを上げることによって、「極楽の如き世界」を築き上げようとしたのである。

この「徳育としての体育」のために、まず柔術を改良して柔道を作った。次に、柔道では万人に体育を提供できないと考え、日本をオリンピックをもたらすことによって西洋スポーツを盛んにした。さらに晩年には「精力善用国民体育」という、現在でいうラジオ体操のように気軽に毎日できる運動を考案している。

(参考)本稿の第12回~第18回参照

オリンピック

なお、話が脇にそれるが、この時代、「徳育としての体育」という手法を確立していたのが大英帝国である。嘉納より60年以上早く生まれた、英国パブリックスクールのラグビー校のアーノルド校長が、当時、低俗な遊びと認識されていたフットボールを徳育の方法として取り入れたのが始まりといわれている(ただ諸説あるようである)。

オリンピック創始者の仏国のクーベルタンは、英国を訪問し、このアーノルド校長のつくった「徳育としての体育」こそ大英帝国の力の源泉であると発見し、これを世界に普及させるためにオリンピックを始めた。

このクーベルタンが英国を訪問し英国の「徳育としての体育」を発見したちょうどその頃、嘉納は、講道館を設立し、スポーツを軸とした英国とは別の、武術を軸とした「徳育としての体育」を創りあげた。

このような背景を経て「武術を軸とした徳育としての体育」を作り上げた嘉納と、「スポーツを軸とした徳育としての体育」を世界に広めようとするクーベルタンが出会い、嘉納は「ヨーロッパのオリンピック」と「世界のオリンピック」にしようとオリンピック委員となりオリンピックの発展に力を尽くすのである。

徳育としての体育の有効性

話を戻し、では、何故、嘉納は「徳育としての体育」という方法を選んだのか。

それは、嘉納が柔術の稽古をした結果、道徳、reflectivenessのレベルが上がったことを自ら実感したからに他ならない。嘉納は次のようにいう。

自分はかつては非常な癇癪持ちで容易に激するたちであったが、柔術のため身体の健康が増進するにつれて、精神状態も非常に落ちついてきて、自制的精神の力が著しく強くなって来たことを自覚するに至った。

また、柔術の勝負の理屈が、幾多の社会の他のことがらに応用の出来るものであることを感じた。さらに勝負の練習に付随する知的練習は、何事にも応用し得る一種の貴重なる知力の練習であることを感じるに至った。

だからこそ、嘉納は「かかる貴重なものは、ただ自ら私すべきものではなく、弘くおおいに人に伝え、国民にこの鴻益を分かち与うべきであると考え」て柔道を創ったのである。

脳と運動

身体を鍛えることは精神を鍛えるにつながる。

このことは経験的には多くの人が知っているかもしれない。

しかし、これは本当なのだろうか。英国ラグビー校のアーノルド校長、オリンピック創始者のクーベルタン、そして嘉納、彼らが選んだ「徳育としての体育」は、本当に、人の道徳、reflectivenessのレベルを上げるのか。

この答えは、ごく最近分かってきた。

脳の研究が進み、運動が脳に与える影響がわかってくることによって、身体と精神が本当につながっていたことが実証されつつあるのである。例えば、定期的な運動によってうつ病患者の約60%が治ったという研究結果はその典型だろう。

(参考):第14回第14回 SPARK – 勇者出処 ~嘉納治五郎の柔道と教育~

DeSeCoプロジェクトを終えたOECDは、脳の研究の知見を教育に生かそうとする研究をはじめたが、そこで次のように報告している。

比較的最近のことだが、神経科学の発達によって、精神と肉体はまったく別物であるとするデカルト主義的な従来の考え方に異論が唱えられるになった・。身体的な健康や体調が精神的能力に直接的な影響を及ぼすことは確かであり、その逆もまた同じである。したがって、教育現場では、身体的能力や精神的能力に直接影響を与える環境要因に加えて、身体的能力と精神的能力の相互関係も考慮する必要がある(OECD教育研究革新センター「脳からみた学習」95頁)。

脳機能の改善につながる環境要因は、その多くが日常的な事柄である。つまり、社会的環境および社会的交流、栄養状態、身体運動、睡眠などの質の向上ということだが、これらはあまりに自明のことに思えて、教育への影響という点では非常に見過ごされやすいといえるだろう。(OECD教育研究革新センター「脳からみた学習」114頁)

「精神と肉体はまったく別物である」という考えに異論が唱えられ、見過ごされていた「身体的な健康や体調が精神的能力に直接的な影響を及ぼすこと」が着目されはじめたのは、「比較的最近のこと」なのである。

身体を鍛えて精神を鍛える。

この考えは一般的に知られているが、例えば、この脳の知見からみた成功例と考えられる米国ネーパーヴィルの体育(第15回第15回 米国イリノイ州ネーパーヴィルの奇蹟 – 勇者出処 ~嘉納治五郎の柔道と教育~参照。)を知れば、知ってるつもりだったにすぎなかったということを多くの人が感じるのではないだろうか。

例えば、日本を代表する経営者である稲盛和夫氏は、人生・仕事の結果は、考え方×熱意×能力であるという稲盛和夫 – Wikipedia。それでは、運動がこの「考え方」と「熱意」に影響を及ぼすことを知り、より豊かな人生、より大きい仕事の結果を求め、「考え方」と「熱意」を上げるために意識的に運動をしている社会人がどれほどいるだろうか。また、このような理解のもと体育を行っている学校がどのぐらいあるだろうか。

嘉納没後70年以上を経て、今ようやく、嘉納の方法が正しかったこと、さらには、その潜在力の大きさが分かってきたのである。

柔道

最後に柔道についてみていきたい。

世界の英知が結集し、これからの人類の教育のあり方を検討したDeSeCoは、嘉納と同じ方針を出した。もちろん、DeSeCoの大きな成果は、三つのキー・コンピテンシーを特定した点にあるが、その基底にある考えは「徳育」が必要不可欠であるという点にある。

また、最近の脳の知見は「徳育としての体育」という方法の有効性を実証しつつある(DeSeCoは教育の成果の定義を行うプロジェクトであって、定義した成果をどうしたら実現するかを検討したプロジェクではない)。

これは一体何を意味するだろうか。

嘉納の柔道が今世界から切実に求められているということだろう。

柔道は、そもそも万民の”reflectiveness”を開発するために創られた。つまり、「柔術のため身体の健康が増進するにつれて、精神状態も非常に落ちついてきて、自制的精神の力が著しく強くなって来たことを自覚するに至った。」などという嘉納が体験したreflectivenessの向上を、万人に提供するために作られたのである。

前ロシア大統領(現ロシア首相)のプーチン氏とその柔道仲間は、広く柔道を知ってもらおうと柔道の入門書を著した。そこで次のようにいう。

畳の上で自己の弱さを克服することを通じて、われわれは己を知り、成長します。そしてそれが周囲の人々の成長を促すことを信じます。

(「プーチンと柔道の心」47頁)

ここには、DeSeCoが求めた「人生の成功」と「正常に機能する社会」に至る道が確かにあるのではないだろうか。

※本記事は、2010年8月から酒井重義(judo3.0)によってブログで連載された研究論考「勇者出処~嘉納治五郎の柔道と教育」の再掲です。

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