嘉納治五郎の柔道と教育16 欧米のオリンピックを世界のオリンピックにしたいと思った。

引き続き徳育としての体育をみていきたい。

嘉納は、1.柔道を創り、2.日本にオリンピックをもたらし、3.精力善用国民体育を創った。このほか、高等師範学校の体育を盛んにしたり、体育科を作って体育教師の育成も行っているが、今回は、オリンピックについて簡単にみていきたい。

以下の文献に詳細がある。

さて、嘉納が柔道を創ったことは柔道関係者以外にも比較的知られているが、日本にオリンピックをもたらしたのが嘉納だということはあまり知られていないのではないだろうか。

嘉納は、明治42年(1909年)、数え年50歳のとき、国際オリンピック委員会の委員となり、明治44(1911)年、日本体育協会を設立してスポーツ関係者の組織化と選手の選考を行い、日本は、明治45年(1912年)、第5回オリンピック(ストックホルム夏季大会)に参加するが、このストックホルムの地に踏んだのは、嘉納、監督の大森兵蔵氏、陸上選手の三島弥彦氏と金栗四三氏の4名だった。

金栗四三氏は「・嘉納先生の苦心を察せずにはいられない。先覚者の苦心は、何事にもよらず偉大なものがある。」と回想しているが、例えば、当時の文部省は、陸上選手2名が学生であったため「学生の身分として授業を休んで外国に行くなんて、もってのほかである。」として当初参加を許さなかったという(加藤仁平・嘉納治五郎159頁)。もちろん資金も嘉納らが苦労して集めた。

それでは、何故、嘉納は、国際オリンピック委員会の委員となってオリンピックに力を尽くしたのか。

嘉納は、「日本体育協会の創立とストックホルムオリンピック大会予選会開催に関する趣意書」において次のようにいう。(http://www.japan-sports.or.jp/jasa100th/history/index.html)。

国の盛衰は、国民の精神が充実しているか否かによる。国民の精神の充実度は国民の体力に大きく関係する。そして、国民の体力は国民一人ひとり 及び関係する機関・団体等が体育(スポーツ)に関して、その重要性をどのように認識しているかによる。我が国の体育(スポーツ)の振興体制は、欧米諸国に比べ著しく劣っており、必然的に青少年の体格も劣弱の状況である。そのため、一大機関を組織し、体系的に国民の体育(スポーツ)の振興を図ることが急務である。

一方、オリンピック競技大会は、世界の文化の発展と平和に貢献するものである。したがって、オリンピック競技大会への参加に向けた体制を早急に整える必要がある。このような我が国の体育(スポーツ)の現状と世界の動向に鑑み、国民の体育(スポーツ)の普及振興とともに、オリンピック競技大会への参加を念頭においた組織・体制を整備するため、「大日本体育協会」を創立する。

改めて確認したいが、嘉納のこの言葉は至言だろう。

  • 国の盛衰は、国民の精神が充実しているか否かによる。
  • 国民の精神の充実度は、国民の体力に大きく関係する。
  • 国民の体力は、国民一人ひとり及び関係する機関・団体等が体育(スポーツ)に関して、その重要性をどのように認識しているかによる。

嘉納が明治44(1911)年に大日本体育協会を創立してから100年以上経過しているが、最近の脳の研究などを鑑みれば、ますますその真義が明らかになってきているのではないだろうか。国、その他あらゆる人間集団の盛衰は、結局のところ、体育の重要性をどの程度認識しているかに左右されるのである。わが国についてみれば、今や、国家として衰退しつつあるかのようにも見えるが、嘉納のこの言葉は、再興に至るために何をすればいいか、その切り口を教えてくれる。

そもそも、嘉納は、徳育(精紳の充実)としての体育として、柔道を創り普及させたが、柔道だけでは国民の体育を十分に振興することはできないという認識に至った。そこで、数え年50歳のとき、日本にオリンピックをもたらすことによって、特に競走や競泳などを盛んにして国民体育の振興を図り、また同時に、「欧米のオリンピック」に「日本精紳」をふきこんで「世界のオリンピック」にしようとした。

□競技運動の奨励は真の文明を発達せしめんがためなり

本来人間は、精紳と身体との両方面から見るべきものであって、両者は別のもののようであって一つであり、一つのようであって別のものである。精紳の発達には身体的基礎を要し、身体の発育にも精紳の力を要するのである。そうして真の文明は、強健なる精紳と身体とを有する人を待って始めて望み得られるものであるといってもよい。しかるに実際においては、文明は人を惰弱に誘い、文明の余弊は人間を真の文明から遠ざからしめる傾きを生じるのである。そこでわれわれは種々方法を尽くして、この傾向をよい方に引き直して行くように努力しなければならぬ。競技運動の奨励は畢竟この努力である。

□予が柔道以外の運動をも奨励する所以

柔道が種々の価値を有するものであって、体育の方法としても優れたものであるということは、毎々予が説述したとおりである。しかるに、何故柔道以外に予が競技運動、殊に競走、競泳などを奨励するのかと尋ねる人もあろうから、一応その理由を述べておこう。柔道の体育の方法としての価値は、平素予が主張するとおりである。しかし柔道は価値も多く面白味も多いだけ、またその修行に時がかかり、適当なる指導者を要する。そうしてその適当なる指導者は、永い年月を待たなければ必要に応じて得るというわけにはいかぬ。かつ体育の方法は人々に好みがあって、誰も柔道を好んでするということは受合われない。そこで一刻も早く全国に運動を奨励しようとするには、柔道はどこまでも奨励すると同時に、外の運動も奨励することが必要である。かく少しも早く多数の国民に運動の趣味と習慣とを与えようと希望する故に、なるだけ広く行われ、場所も器具も要らないものを第一に選らねばならぬ。そこで、歩行、遊泳、競走、競泳等を特に鼓吹することになるのである。予は本邦において奨励すべき運動の種類を定めるにも、柔道の教えに基づいて最も有効なものを先に採りたいと思うのである(嘉納・著作集_巻401~403頁)。

嘉納は、このオリンピックを日本に誘致することにも成功し(1940年の幻の東京オリンピック)、その国際オリンピック委員会の会議の帰路、船上で亡くなる。今回は、このオリンピックにかけた嘉納の言葉をもって終わりとしたい。

そのころ、わが国の体育としては柔道と剣道が盛んであった。学校の正課にはまだなっていなかったが、ともかくそれに等しいものであった。また体操も大分普及されていた。だから、それまでは、体育のことなら柔道さえやっていればそれでよいと考えていたのだが、翻ってさらに深く思いをよせると、柔道だけではいけないことが分かってきた。

柔道も剣道も体力を鍛え、武士道的精神を修練させる秀れたものには違いないが、一般大衆の体育を振興させるにはこれだけでは満足出来ない。といって体操は興味に乏しいのと、学校を出るとやるものがない。野球や庭球は面白いが設備が要るからだれでもやれない。少数のものには良いが、国民全般がやるには向かない。

だが、歩行、駈足、跳躍なんかはだれでも出来る。また費用も要らない。単に歩行することは面白くないかもしれぬが、神社仏閣に詣でるとか、名所旧蹟を訪ねるようにすれば、道徳教育とも結びついてくる。これは幾つになっても出来ることだ。歩くだけで興味がないならば、ランニングと跳躍をやることだが、これは必要なことである。大いに奨励すべきことだ。

水泳もやらなければならない運動である。わが国は四面海であり、河川が多いから、大抵のところでは泳げ る。水を恐れてはいけない。常に水を征服するように心掛がける要があると考えていた。そしてすでに高等師範学校では生徒に長距離競走や水泳を奨励して実践させていた。

これはとりもなおさずオリンピック競技の一つである。だから武道と戸外スポーツとは、どうしても両々相俟って発達していくようにしたいと思っていた。しかも武道と戸外スポーツと区別してみても、その窮極の目的はいずれも同じく身体を強健にし、精神を鍛えることである。だから西欧で発達したオリンピック競技もこれを取入れ、武士道精神を加味させることは出来ない相談ではないと考えた。

でオリンピックへ乗出すについては、私は最初から大それた考えを持っていた。これに参加することによって国民全般の体育熱を煽るのだが、一方にはただ 欧米各国の尻馬に乗っていてはいけない。日本精神をも吹き込んで、欧米のオリンピックを、世界のオリンピックにしたいと思った。それには自分一代で達成することができなかったら、次の時代に受け継いでもらう。長い時間かかってでもよいから、オリンピック精神と武道精神とを渾然と一致させたいと希ったのである。

その最も手近い方法としては、我が国の選手が、心にしっかりした大和魂、武士道精神を持っていて、競技場では世界青年の模範となることだ。次いではその精神で鍛えられた選手が競技で優勝することだ。それに向って進もうと心の底で定めていた(嘉納・体系第8巻368~370頁)

※本記事は、2010年8月から酒井重義(judo3.0)によってブログで連載された研究論考「勇者出処~嘉納治五郎の柔道と教育」の再掲です。

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